第9話
一体どれほどが経っただろうか。実際のところは大したことないのだろうけれど、どこが終わりか分からないから、永遠に上昇している気分になった。地上までは100mもあるらしいから、その長さをこの遅さで昇っていたら、それなりにかかるのは当然だろう。エレベータ内ではあまり動かない方がいいと教えられたので、じっと耐える。
落ちるかもしれない。いつ落ちてもおかしくない。そんな不安を抱えながら、早く上に着くことを願った。
ある時、ブーッとブザーが短く鳴った。ついにその時だ。今にも外れるんじゃないかという音を立てて、扉が開く。
そこは、暗闇だった。小隊長が胸元のライトをつけ、照らす。
見えたのは、散らかった一室だった。小隊長が慎重に踏み出す。彼女のハンドサインに従って、2人も後を追う。武器を構え、警戒を怠らない。
後ろで、扉が閉まる。ガタンッと硬い音を立てて閉まり切ったので、もはやそれは二度と開かないかのように思えた。
ひとしきり周囲を観察し、まったくの密室であることが分かると、少し緊張を解く。
シンプルな立方体の形で、窓も無く、無骨なコンクリートづくりだ。エレベータを囲うためだけに作られた小屋だった。
何もない。
100年前の古びた空気が、彼女らにまとわりつく。
「…………事前情報どおりだな。そして、もしそれが外においても通用するならば、外は森のはずだ」
小隊長の呟きが、無線によって耳元に届けられた。
その小屋には、ただちに外に通じていると思われる、分厚い金属のドアがある。そーっとそれを開けようとするが、100年のブランクを経た相手に対しては、そう上手くはいかないようであった。
最後には、あおめが脚で蹴破ることによって、ようやく開いたのだった。
登場が派手であっただけに、飛び出した瞬間、殺気満々で周辺に武器を向ける3人。
幸いなことにして、そこには何もいなかった。
――鳥がさえずり、風が吹く。風が吹いたらば枝葉が揺れて、ざわめきが起こる。地を駆ける何かが茂みを鳴らす。
それは森だった。数え切れないくらいの木が集まって、1つの命であるかよように、常に動いていた。
3人は、しばらく呆気に取られて、まったく動こうとしなかった。
お偉いさんが所有するどの森のどの木よりも、すぐそばの木のほうが、太く、長く、力強かった。そして、もっと驚くべきことに、それは、この森の中ではどうやら小さい方であるらしかった。
そして、何よりも彼女らを驚かせたのは、その明るさに違いなかった。空のほとんどを林冠が占めていて、太陽はほとんどそこで吸収されてしまうのに、それでも彼女らにとっては十分すぎるほどに明るかった。
「我々の時間は、1周ずれていたらしいな……」
今頃、地下では夜中だ。闇夜に紛れて行動する手はずだったのだけれど、予定が狂ってしまった。
振り返る。ほとんど森に飲み込まれている小屋があった。本当に地上に出てきたのだ、と彼女たちはようやく実感した。
「……この音はなんなんだ?」
先程から、ありとあらゆる所から、やかましい音が四方八方撒き散らされている。それは、声を試みる蝉たちの、激しい音であったが、彼女らにはそれがなんであるか見当もつかなかった。聞いていると頭がじんじんしてくるそれは、何かの攻撃のようにも感じた。3人が背中合わせになって、照準をあちこちに向ける。緊張のひとときが(彼女たちの間だけで)流れた。蝉の声は、その静寂によく染み入った。
しばらくすると、あおめが何か気づいたかのように、声を上げた。
「小隊長、あれ」
指をさしているのは、近くの木の幹の、上の方だ。
「何があるんだ」
「あれじゃないっすか? うるさいの」
目を凝らすと、木の皮に張り付いて、うちつけるようにして腹を激しく動かしている、ちっこいのがいる。こいつが、爆音をかきならしているやつらの1人に違いなかった。その体からどうやってそんな迷惑な音を出せるのか、はなはだ疑問であった。
「せ、せ、セミ、ですかね?」
えいらが、事前に渡されていた資料を思い出して、言う。
「……なんだ、虫だったのか。美味しそうだな」
「確かに。パリッとしてそうです」
ひとまずは周辺に脅威が無いことが分かると、小隊長は、アイを取り出した。
「頼んだぞ、アイ」
「承知いたしました。ただいまより周辺地形情報の収集、解析および地形図の作成を開始いたします」
金属球の、四方の横っ腹から、ウィーンと小さな音を立てて棒が出てきた。4つのプロペラが展開される。そして、小隊長の手のひらから、音も無く飛び立った。
これより、アイは衛星のようにしてずっと3人の傍を飛ぶ。




