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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
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第5話


 それは、またある日のことだった。


「し…………し、小隊長、おお遅いね」


 えいらが、壁にかかった小汚い時計を見て、呟いた。薄暗い中でうっすらと見えるその針が指すのは、既に22時手前。消灯時間が迫っていた。

 20時まで将校会議があるとはいえ、ここまで長引いたことは今まで無かった。いつも疲れて帰ってくるのを、2人で迎えて、一緒に風呂に入ってねぎらうというのがいつもの流れだ。


 上段の声に、あおめが下から返事した。


「ていうか、夕食の時からもういなかったくない?」


「う、うん。何かあったのかな……」


「うーん……」


 やけに静かだった。彼女たちがいる少年隊の寮は2階にあって、会議室はもっとずっと上の方なのだけれど、そこで何かが進んでいる気がした。言えば、自分たちは、蚊帳の外にいるに違いなかった。

 それは、彼女たちを安心させようとはしたが、不安は拭い去ることができなかった。その原因は、明らかに、小隊長の不在だった。


「……何があったと思う?」


「え、えっと、わ、分かんない……でも、何かあったとしたら、せ、宣戦布告とか?」


「あー確かに」


 ――――深さ1000メートル、直径500メートル。非常に大きな円柱が、地下に埋まっているのだが、それが大きく分けて3つある。それぞれに築かれた地下都市が、各々1つの国家であるかのように振舞っており、戦争というのは基本的にこの3国間で行われるものだ。


 とはいえ、それぞれが持つ発電所や食糧生産施設などに相互依存している点から、あくまでも外交手段の1つとして、そしてそれ故に頻繁に行われてしまうのが、我らが時代の戦争であった――――


「でも、この前やったばかりだしなぁ」


「うん……他のきっ緊急事態かもね」


「まー考えても分かんないしなぁ。とりま寝るか」


「そ、そうだね! もう眠いし。お、お……おやすみ」


 ――そしてすぐに深い眠りに落ちてしまった。


 *


 翌朝――4時00分。


 それは突然の知らせだった。


 少年兵も成人兵も関係なく、広場に全隊が集められた。いつもは朝食後の日光浴がのどかに行われるこの場所に、厳粛な雰囲気が漂っていた。人工太陽は点いていないが、いつもより構内灯の光が強くて、寝起きの目には眩しい。


 通常、こんな早い時間に、しかもこうやって全員が集められるのは、戦争に突入する時くらいなもので、誰もが緊張していた。既に武者震いする者もいた。


 広場特有の寒さ――なぜかここだけ空調がよく効いている――に肩をすぼめながら、あおめとえいらは列に並ぶ。

 みなが一様に静まり返って、その時を待つ。壇上に立ったのは基地司令だった。白髪まじりの髪を後ろに流し、レンズの厚い眼鏡が光を反射している。


「全隊に告ぐ」


 マイク越しの声が、静寂を叩いた。皆が皆、これ以上正しようのない姿勢を、それでもなお、ますますピンと伸ばした。


「昨日、通報を受けて向かったところ、未発見の洞窟区域にて、地上へ通じるルートが発見された」


 その一言に、広場は息を呑むような沈黙に包まれる。


「諸君も既に知っている通り、地下と地上を結ぶ唯一のエレベータは、50年前の大地震によって、崩壊してしまった。それ以来、母なる大地への出口は、失われたままだった」


 しかし、と続ける。


「この度、別のエレベータが発見された。もともと用途は限られており、あまり使われていなかったのが、いつしか存在すら忘れられていたものだと思われる」


 場は静まり返ったままだ。


「単刀直入に言う。我々は、ついに、地上を取り返す準備を始めたいと思う」


 ここで、初めて人々はどよめいた。そういう時、人の間に広がるざわめきは、突然降り出す雨みたいに、あっという間に勢いを強めてしまう。それを見越した司令官は、それを押さえ込むようにして、すかさず続けた。


「まず我々がしなければならないのは、今地上がどうなっているかを知ること。よって、第一段階として、偵察を行なってもらう」


 そしてまた、「しかし」と続ける。


「エレベータは、非常に小さい。5人が精一杯だった。装備や荷物が必要な諸君らでは、3人が限界だろう」


 それを聞いた兵士たちは、すぐさまに想像した。たった3人で、「バケモノ」たちがいる世界を偵察しているのを。


 ――――曰く、巨大な骸骨が支配している。世界は常に火に包まれ、巨大な肉塊がごろごろと転がり、人間を探し続けている、とか。人間の姿を真似しようとした化け物が、そのいびつな巨体で闊歩している、とか。


 人々がいつからそのように思い始めたのかは定かではない。そもそも、我々人類が地下に追われる原因となった存在が、本当にそのような姿だったか、客観的な証拠は何一つない。だが、すでに、親が子に語って聞かせる定番の話になっているそうだ。

 私自身は、親に言われた記憶は無い(そもそも親がいた記憶も無い)。下層にいた小汚い男が、幼い頃にそういう話で怖がらそうとしてきたことは覚えている――――


 ここで、彼らの中に、「後から人員を追加していけばいいのではないか」という当然の疑問が湧いてくる。3人だけしか入れないなら、多少手間はかかるけれども、3人を送り込むことを繰り返せばいい話だ。それを予想していたのか、長官は付け加える。


「この簡易的なエレベーターは、非常に危うい状態にある。解析したところでは、5回動けば御の字だろう、と。ゆえに、偵察班は1つだけ出す。そして、その3人の多大な働きによってのみ、本任務は達成される」


 なるほど、3人しか上に行けない理由は分かった。では、誰がその3人に選ばれるのか。兵士たちは他人事(ひとごと)のように、話の続きを待った。

 おそらくは、選りすぐりの精鋭が担うことになるに違いない。だから自分は大丈夫だろう。そういう風に考えて、さっきまで緊張していたのは、いまや平静の状態にあった。


「そして、これは重要な話だが、この任務については、志願者を募りたいと考えている」


 ――志願者を募る。そう聞いた軍人たちは、わずかな首の動きで、周囲を見やった。


「実力は、君たちならば誰であっても問題ないだろう」


 司令官の言葉に、そんな訳ないだろう、と一部は思った。それは大抵、実力に問題があるほうの人間だった。

 けれども、間違いなく大多数が思ったのは、これに志願する者は相当の向こう見ずだろう、ということであった。


「今ここで手を挙げた者に決めたい。階級、年齢、性別、いかなる要素も問わない。この中で、本任務に就きたいと考える者は、手を挙げよ。役目を果たしたあかつきには、多大なる報酬を与えることを約束する」


 スピーカーから呼びかける声が、虚しく響く。兵士たちは、長官を見上げながらも、心は下を向いていた。誰しもが、この時間が早く終わるように願いながらも、自ら終わらせようとは考えなかった――皆、自分にそれほどの勇気がないことに驚きはせず、ただ恥じるばかりであった。いっそのこと、指名制で、誰かが犠牲になってくれたほうが良かったとも思った。


 長官殿は、案外気概のない兵士に大いに落胆しつつ、ここにきて妥協を図った。3人でなくていい、誰か1人でも志願してくれれば、残りのメンバーはそいつに集めさせようと考えたのだ。それは当初の方針と異なるけれど、仕方がない。


「最初に挙げた者が、残りのメンバーを選べ」


 ――そう告げた瞬間のことだった。


 数千人がひしめくこの広場で、たった1つ。まっすぐ太陽に向かって、伸びた。


 それは、周囲と比べて少し背の低い、黒髪の女であった。それは、17歳の子供であった。


 長官は驚かなかった。なぜならそいつは、昨日の会議にて、夜通し「メンバーは最初に手を挙げた者が決めるべきだ」と主張しつづけていた、小童(こわっぱ)の中尉だったからだ。


 昨日はどういう意図だったのか掴みかねていたが、なるほど、最初からこいつは志願するつもりだったのだろう。

 あのまっすぐピンと伸ばされた手を見るに、相当に自信があるらしい。


 いったいどのような人間を選び出して連れてくるのか、少し興味が湧いた。長官は、少し楽しみに思いつつ、それを待つことにした。


 ――しかし、その楽しみは、すぐさまに失われてしまった。その原因となったのは、彼の執務室に届いた、一本の電話だった。


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