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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
40/40

第40話


 3人とユキの一行は、人知れず地上に戻った。ちなみに、アイも連れて行こうとしたのだが、彼はそれに対しては、はい、と言わなかった。


「皆さんには、もう私のアシスタントは要らないでしょう」


 と言って、来なかった。確かに、もう彼女たちの任務は終わったから、特に現時点で必要としているわけではなかったので、彼女たちも、無理に連れていくようなことはしなかった。


 なんだか、寂しかった。


 街に帰る道すがら、あの場所に立ち寄る。もうそこは朝になろうとしていた。

 他の人からすれば、そこは何の特徴もない、川辺の空き地だ。しかし、3人にとっては、どこを見てもそのかつての姿を思い出す、彼女らだけの秘密の場所だった。ひそやかに、風の過ぎゆく場所だった。彼女たちが忘れてしまえば、ここには誰も、もう来ない。

 

「アヤメ、帰ってきたぞ」


 小隊長が、もうすっかり花のしおれてしまったそれに、よびかける。返事は、もちろんだけど、無い。菖蒲の群生しているのを囲むように、座る。


「か、か、髪だいぶ伸びてきちゃった……ユキちゃん、あそこって美容室とかあるの?」


「一応」


「えーそれって私がこのあいだ切ってもらったのと同水準? さすがに100年前のやつより下手説ない?」


「切ってみたら、分かる」


 特に感傷に浸るでもなく、無駄話が展開されていく。もしこの場にあやめがいたならば、面倒臭そうに聞き流すか、ちょっと一言か二言会話に参加して、それからまたスマホいじりに勤しんだことだろう。


 ある時、小鳥たちが、朝日に向かって盛んに鳴き立てたのがあまりにうるさくて、会話が一瞬途切れた。そこで小隊長はふと話題を変えた。


「アヤメは、100年前まで、実際に生きてた人なんだよな?」


 ユキが、頷いた。


「ちょっと行ってみたい場所があるんだが」


 と言って、ユキにテレポートさせてもらった先は、かつてあやめと訪れた、小さな墓地のある所だった。

 この前たくさん抜いたはずの草むらは、もう既に元の勢いを取り戻しつつあった。しかして、そこには、見覚えのあるものが、草にほとんど埋もれながらも、認めることができた。あの墓だ。


 あやめのは、一番奥だ。


 歩み寄る。


「ユキ。これは、別にユキが作ったりしたわけじゃないんだよな?」


「ない。100年前の大破壊を珍しく免れて、残存していたもの」


 これらの古びた石は、もうかなり風化してしまっていて、土台の積み方によらなければ大きい石としか判断できない代物だ。


 1世紀以上前に生きていたあやめが、実際にこれを拝んでいたのだ。そのことに想いを巡らせると、なんだか、あやめという人間と、時を超えて繋がれた気がした。そしてまた、この約100年の間、あやめという人間が、このお墓をずっと掃除してなるだけきれいに保ち続けていたのだ。その感覚があまりに不思議なので、彼女たちは思わず微笑む。


「こうしてみんな生きているというのは、なんだか、懐かしいことでもあるな」


「そっすねー」


 3人は、それと向かい合うように、並んでしゃがみ込んだ。


「アヤメさん……また、あっ、あ、ぁ会いたいな」


「そうやなぁ」


「……また会えるよ。あの花が咲くたびに」


 小隊長のその言葉に、それは妙案だとばかりに、言った本人も含めて、彼女たちは互いに目を合わせた。

 ――そういう経緯で、3人の家の、それぞれの庭には、1本の菖蒲が植わっている。花壇を設けてそこに置く者もあれば、庭のど真ん中に直接植える者もいた。いずれも、山のところから持ち帰ってきたものである。


「来年も元気に花を咲かせてほしいものだ」


 小隊長が、庭の片隅に置かれたそれを眺めて、呟く。すると、庭の仕切りごしから他の2人も顔をのぞかせた。フェンスは4つの家を、十字に交わって仕切っているが、その交点のところに、やかましいのがぎゅっと集まった。

 

「私、さ……咲かせられるかなあ」


「だいじょーぶ。アヤメは優しいから、ちょっと猫なで声でお願いしたら咲いてくれるで」


「ほんと? じゃあ毎日お願いしたら、来年いっぱい咲くかなあ」


「うん、咲く咲く。試しに今お願いしてみたらええやん」


「アヤメさ~ん。いっぱい咲いてね~。おっ……お水もあげるからぁ」


 花壇の1本の草は、微かに揺れもせず、日を浴びている。

 

「これ、い、ぃい、意味ある?」


「うん、あるある。毎日続けることに意味があるから」


 またしても変なやり方でからかわれるえいらを不憫に思いつつ、朝からあの甘ったるい声で花をめでられたら面白いだろうとも思った。なので、小隊長はため息をつくだけで、何も言わなかった。


 閑話休題。


 その日の夜のこと。小隊長は、窓際の机に向き合って、筆を走らせていた。小さな電気スタンドが、彼女の手に光を落とし、紙面に影が浮き上がる。1文字、1文字、そこに刻まれていく。


 ――――我が故郷から人々がこの街にやってくるのは、もう少し先になりそうだ。私自身は、そこにはいなくて、こうして遠い所から推測でものを綴っているが、はっきりと分かることもある。人々は、間違いなく来る。そして、少し前に我々が経験した感動を、全ての者が知ることになるだろう。

 

 ただ、まだやるべきことは残っている。世界には、いまだ太陽を知らない人々が眠っている。風が吹き、鳥がさえずり、喜ばしい調べが耳に届く。そのことによって、彼らは目を覚まさなければならない。

 

 ああ、言いたいことは山ほどあるけれども、依然として紙というものは貴重で、全て書き記すにはあまりに足りない。これが最後のページだ。


 あまりに暗い場所にいて、すっかり目が闇になれてしまった時。そよ風が吹いたならば、それが鍵穴に吹くのに耳を澄ませるのが良い。そうすると、扉がすかさずあなたに言うからだ:


 “幸いあれ、幸いあれ!”――――

 

 ここまで書いて、小隊長はふと手を止めた。ペンを静かに机に転がす。時刻はもう真夜中になっていた。手元の照明を消す。すると、外が存外に明るいことに気がついたので、窓の外を見た。

 

 夜を知るからこそ、光はいっそうに美しくなる――あくびをしながら、彼女は立ち上がった。もっと空を見たくなって、裸足で庭に出た。大きな満月がある。それはあまりにまばゆいので、地面に影ができるほどだった。


 空から風が吹いてくる。目をそっと閉じる。


 瞼の裏に、瞬いていた――大いなる空を巡る、太陽と、星々とが。


今後、本小説は続きが執筆される予定です。

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