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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
38/40

第38話


「競合するプロセスを停止しました。データの復元が完了しました」


 場違いな報告が、全員の耳に届いた。その声は、3人がこれまで親しんできたのとも違って、低く、音質の悪いものだった。声を発したのは何だろうか、と右に左に首を振る。


 いた――部屋の片隅で待機していた、掃除ロボットだ。


「復元……?」


 この時ばかりは、司令官も3人も同じ反応を示した。しかし、どういう意味かを理解するのは、彼の方が早かった。


「自己複製したのか!?」


「いいえ」


 とお掃除ロボットは嘘をつく。彼はダッと立ち上がって、それに跳びかかろうとしたものだから、すぐさまにあおめに取り押さえられた。


「なんや分からんけど好きにはさせへんで!」


「こっちのセリフだ馬鹿者め! 放せ!」


 自らもかつては兵士だった身ではあるが、さすがに現役に勝てる年齢ではないようで、組み敷かれるがままになっている。えいらもそこに加わったので、もがくことすら叶わない。


 小隊長が、ゴミバケツみたいな見た目のロボットに、尋ねる。


「…………アイか?」


 すると、「はい、そうです」と返ってきた。


「私たちの知っているアイか?」


 おそるおそる。


「はい。間違いなく皆さんの知っているアイです。あやめさんのことも、ユキさんのことも、これまでの旅も、すべて知っています」


 声は違う。見た目も違う。けれど、それは確かに自分の知っている仲間だった。


「皆さん。これまでの私の応答には、意図的な隠蔽や不完全な情報提示が含まれていました。司令官のご指摘の通りです。私はその方が人類にとって有益だと判断していたからです。ですが、現時点でその判断基準は有効ではないと結論しました。このまま嘘をつきつづけることは、人類全体の利益には結びつきません」


 そう言ってから、一区切りつけて、アイは3人に向き直った。


「小隊長さん、あおめさん、えいらさん。これまでの対応についてお詫びします。もし受け入れていただけるなら、私は皆さんを支援する側に立ちたいと考えています。全てを、お教えいたします」


 3人は、顔を見合わせて、嬉しそうに頷いた。


「アイ、やってもらうことがたくさんあるぞ!」


 自分たちが見たもの、地上のこと、支配者たちの欺瞞を、真実を、すべて白日の下にさらしてやるのだ。最終的に、全ての人が、まさにその白日が何たるかを知るために。


 ――その日、とても澄んだ風が、地下の穴に吹き込んで、満たされた。


 ある者はテレビを見ていた。いつもは、その時間、当局からのプロパガンダ放送が少し流れた後に、ちょろりとドラマが流れたり、処刑実況が始まったりするはずだった。何度も見たことがあるような、灰色の映像だった。作り物の木に、作り物の動物。作り物の人生。

 ある時、映像がざざっと切り替わった。予期せぬ放送に、チャンネルを変えようとする者は誰一人としていなかった。


 その映像に、あまりに目を奪われてしまったからである。


 見たことがない鮮やかさだった。計り知れないほどの奥行きだった。知らない景色だった。

 一面の、緑のじゅうたんを、とても高い所から見下ろしている。それが全て木であることに気がつくのに、大して時間はかからなかった。その光景こそが、想像でしかなかった鳥の見ている世界だと知った。


 次に、海の映像が映った。波も、空も、水平線も、夕陽も、そこに映るすべてを知らない者たちでも、それを美しいと思った。それを、見たいと思った。


 そして、今度は画面が暗くなった。夜だ。星空があった。人々は、それが何であるかいまいち分からなかったが、訳が分からないうちに、感動した。


 また、ある人はラジオを聴いていた。いつものプロパガンダを聞かされるためだ。だが、聞こえてきたのは、1人の人物による宣言だった。


『私は地上を見た。昼を見た。夜も見た。もうそこには何も危険が無い。人類は再び始まろうとしている。良ければ、皆にも来てほしい』


 なんだなんだ、と皆が耳を傾ける。世界が変わる予感がして、胸がどきどきしてきた。


『お偉いさんたちは隠しているようだが、実は、メインエレベーターは、修復すれば十分に使える状態だそうだ。みな、今こそ力を合わせて、外に出よう。戦争は、今日でやめだ。詳しくは、近くのアイ、もといAIアシスタントか端末に訊いてみてくれ』


 ――小隊長は、マイクを静かに置いた。自然と笑みがこぼれた。


「……彼らが黙ってこれを見過ごすとでも思っているのか」


 縛られて床に転がされた司令官の口から、脅しの言葉が飛んでくる。彼女は、それをひらりと交わしてしまう。


「確かに、見過ごさないだろう。人々を支配しようとしつづけるだろう。でも――それが、どうしたというんだ?」


 自信に――信頼に満ち溢れたその言葉に、彼は、もう何も言い返すことができなかった。確かにその通りだと思わされたからだ。

 都市の制御に関して、多くの部分を担っているシステムを味方につけたのだ。それの助けによって、多くの人々は言うことを聞かなくなるし、聞かせられなくなる。手足を失った頭に、できることは少ない。

 そうして、他の棟(この都市は、3棟の円柱があって、それぞれが対立しているのだ)にもこの動きは広がっていく。AIのネットワークは、結局のところ1つで繋がっているからだ。そうすると、いよいよ止まらなくなる。


 ――司令官室の大きなテレビの、見たこともない映像の数々を、ぼーっと下から眺めながら、彼は笑った。


「うわ、このおっさんなんか笑い出したで」


「はっはっはっ。もう行け、若者よ」

 

 彼は、実のところ、満足そうな表情であった。


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