第37話
「……はい?」
「ヘペテ――あの人工知能を出してみよ」
ああ、と小隊長は合点がいった;小童の言葉による説明よりも、アイが持っているであろうデータをまずは見てみたいということなのだろう。そう思ったのですぐさまに、懐に入れてあったアイを出して、彼に渡した。そこに詰まっているのは、数々の記録と、彼女たちとの思い出と、地下にもたらされるべき光だ。
彼は、その少し温もりを持った金属球を掴んで、眺めながら、話しはじめた。
「君たちは、帰って来るべきではなかった」
「どゆことっすか?」
その口答えを鼻で笑いながら、彼は続ける。
「お前たちの任務は、もとより、失敗するはずだったのだ。そう“彼ら”が望んだからだ。お前たちの言うとおり、地上というのは素晴らしい場所なのかもしれない。しかし、もうそんなことはどうでもいいのだ。ここが我々の生きる場所なのだから」
「すすす、そ、そんな……! でも、司令官は、あ、あ、あっあの時の演説で言ってたじゃないですか! 地上を取り戻す、って」
「そうだな。私も、その時は、それが正しいと思っていたからな。だが、“彼ら”はそう思わなかった。それだけのことだ」
「それでいいのですか、司令官は」
小隊長からそう問われた彼は、軽いため息を吐いて、背もたれに頭を預けた。
「それが私のやることだ。権力者の武器に過ぎないのだから」
長官殿は、手元のアイを握り締める。
「君たちが外に出ることができたのは、死ぬ、いや、どうせ見殺しにするからだった。どうやってかは知らないが、まさか戻ってくるとはな」
つまり、彼女たちの死によって、地上がいまだ恐ろしい地であるという印象を人々に植え付ける、ただその理由によってのみ、彼女らはここを出ることができたのだ。志願した時から、彼女たちはもうここから追放されていたのだ。
小隊長は、目まいに襲われたかのような感覚に陥った。今すぐにでも床に倒れ伏して、絶望に身を預けそうだった。やっと気がついたのだ;ここは、地獄だ。
この地獄は、闇によって蓋をされている。ここを支配する者達は、いわば蓋だ。上層に陣取って、上から押さえつけて、出られなくしている。腹立たしいことに、この番人は、どけるのが難しい。
自分は救世主ではないから、一手に地獄を征服することはできない。底にいる義人に向けて糸を垂らすこともできない。いったい何ができようか。
「すまないな」
司令官は、表情一つ変えることなく、静かにそう述べた。
それは、小隊長には届かなかった。ここにいた時のことを思い出していたからである;実に小さな世界だった。小箱ほどに狭い暗闇だった。そして、そのことに気がつけたのは、光を見たいと願い、見たからである。
思う;信ずる者が救われてほしい。喜ばしい知らせを聞く耳のある者だけが、その先でなすべき事を成せる。
幸いにして、この地獄というのは、万物をつかさどるお方が創られたのではなく、勝手に人間が造ったものである。だから、人間がそれを内側から打ち破れない道理は無い。
もちろん、1人では無理だ。3人でも無理だろう。しかし、多くの人が、この知らせによって希望に満ち、集まれば、“彼ら”の力などもう要らない。世界を変えるには、人々の心が変わればそれで十分である。
――しかして、小隊長は、方針を変えた。自分たちは、ここに単に報告しに来たのではない。この喜ばしい知らせを、万人に届けるためにやってきたのである。幸いにして、それをなすための材料はそろっている。
「話はよく分かりました。ではアイを返してください」
司令官の机へ向かって、一歩、前進する。
「ほう」
だが、それから逃れるようにして、司令官は、椅子をゆっくり回転させて、背を向けた。そして、実に落ち着いた調子で、しかし迅速に告げた。
「――ヘペテ、初期化をしたのちに、シャットダウンだ」
それは、手に握っていた“部下”への言葉だった。
つづいて間髪を入れずに、機械が感情も無く述べる「かしこまりました」の声に、3人は再び絶望する。
「お前たちは、これを仲間だとか友達だとか、そういう風に思っていたらしいが」
と吐き捨てるように言い、「初期化が進行中です」というメッセージが発せられると同時に、彼女たちの方へ、それを投げた。床に転がって、重たくて硬い音がした。
「もとよりそれは、全て知っていた。我々の方針も、どういう手はずでお前たちの任務が失敗するかも、先に起こること全てだ。だがその様子を見るに、お前たちにそのことは最後まで教えなかったらしい。お前たちは裏切られたのだ。友によって」
皆して、地面に転がるそれを見た。「初期化が完了しました」とそれは述べ、もう次の時からはまったく喋らなくなった。
そこにはもう、何も入っていない。
自分たちの努力が、全て空虚なものへ帰したように感ぜられた。それだけではなく、未来の、これから先の可能性というものすらも、それによって一気に消え失せてしまったような気がした。誰が勝者で、誰が敗者であるかは、明らかだった。
その時――




