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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
35/40

第35話

 

「しかし、ならどうするんだ。地下に乗り込んで、人々を導くのか?」


「それでも構わない」


 そう言われ、兵士たちはうーんと一斉に唸る。

 ユキは、できるだけ彼女たちに決めさせたいらしい。しかし、そうして自分たちの決断に任されると、可能性というのは自らの考えつく範囲に限定され、ともすると、ひょっとしたら自分の見えない所に最善があるのではないかと己を疑ってしまい、どうにも進めないのである。ある人にとって、自由とは、もとよりそういうことである。


 こういう時、広すぎる視野を狭めるのに、アドバイスは役に立つ。


「アイ、どう思う」


 小隊長は、懐から取り出した金属球を手のひらに乗せ、助言を求めた。アイは、いつもの調子で、淡々と答える。それが彼のやることだからである。


「結論から言うと、効果的な方法は1つしかないと考えます。順を追ってご説明します。まず、私たちのいた地下都市は、地表からは、最上層でも100mの隔たりがあります。また、地表まで繋がるのは、エレベーターの通っている穴かいくつかの換気口のみです。これが他の都市にもある程度共通していると考えた場合、ユキさんのおっしゃったように、地表から通信を試みるのは、無謀と言えます。そのため、実際に内部に侵入することが、考え得る限り最も現実的な案です」


「でも、どうやって侵入するの? 絶対エレベーターとか上がってこないじゃん」


「そうですね。ですから、そこはユキさんに協力していただくのはどうでしょうか。以前、彼女は我々の空間的な位置を瞬間的に移動させています」


「た、た、確かに。できるの?、ユキちゃん」


「できなくは、ない」


 その返事を受けて、彼女たちは、色々やり方もあるだろうから、まずは計画を立てることにした。


「では、最初は、もちろんあそこだな」


 かつての故郷を、久しぶりに見るのも悪くない。


 それは、少しばかり妙な気分だった。それをいまだにフルサトと呼ぶが、しかし、もはやそこに属していないとも感じている。魂になった自分が、抜け殻となった死体をやや遠くから見ているような、そういった感じである。そうして、どれだけ近くに行こうとも、それこそ中に分け入ろうとも、もはやその魂はかつての居場所に収まることはないという自信も、あった。


 兵士の詰所(治安維持がここでは彼らの役割だ)にひとまず寄った。そして、そこの、木の匂いがする小さな部屋を借りて、腰を落ち着けた。開拓中の街という設定だが、椅子の質はなかなかに良い。


「――ユキが地下にいる人をごっそり上に持ってくるというのはできないのか?」


 座って一息ついたところで、ふとそのことに思い至って、小隊長は疑問を口にする。しかし、ユキは首を縦に振らない。


「あくまでも自発的に来なければ」


 とだけ返すのだった。

 それで彼女たちも、その時は、それもそうかと思ったので、具体的な作戦の話に移行する。


「しかし、地上に繋がるエレベーターは使えないしな……」


 やはり、その問題は深刻だった。光を知り、そこに行きたいと願っても、そこまでの道がなければ、意味のないことである。


「修理するとか、どうかな? ユキちゃんが」


 しかし、またしてもユキはそれを否定する。


「あくまでも、あなたたちを除くすべての人類にとって、世界は見たままのものでしかない」


 例えば、先ほども小隊長が言及したような、ユキのスゴい力で彼らを瞬間移動させるなど、そういった超常的な出来事が彼らの前に現れたとしたら、どうなるだろうか。直ちにとまではいかなくとも、ある1つの疑念のようなものが、彼らに生じかねない;何かこの人類の勝利には裏がある、と。

 全ての人が、地球でかつて起こったこと、いま起きていることの真実を知る必要は無いのだ。そこにあるのは、全て“人”の為したことであり、これから“人”が為すことである。


「じゃあ、でっかい穴掘って、横っ腹ぶちあけて全員救出するとか、どうすか」


「うーん。3棟あるし、縦に長いからな。全部にそれをするとなると、現実的ではないだろう」


 小隊長の座る椅子が、わずかに軋んだ。背もたれに、じんわりと体重を預けていった。


「まあ、そこまで深く考えずとも、司令官あたりか、あるいはもっと上の者に伝えれば、動いてくれるだろう」


「あー、それもそっすね」


 なぜそのことを早く思い出さなかったのだろう。小隊長は、誰かに支配され、命令されるということを最近すっかりしなくなったので、地下での所作を忘れつつあるのだろう、と客観的に思った。

 当初背負っていた任務のことを思い出す;情報を収集し、帰還し、報告する。また、それよりも前のこと、つまり、兵士たちの前で司令官がしたスピーチも思い出す;「地上を取り返す準備を始める」と宣言していた。


「だから、我々がすべきことは、やはり、もう一度帰ることなのだ」


 もう地下の方では、彼女たちは殉職者になってしまっているとは思うけれども、その最後の任務を果たすべく舞い戻り、かつての上官に、報告をする。その素晴らしい知らせに、きっと喜んでくれるだろう。そして、その福音は、戦争による断絶を超えて広まり、いつしか争いは止み、人々は団結する。壊れてしまったエレベーターを、空へ昇る道を、その手で直さんと動き出すために。


 ――そこまで筋書きが出来上がったところで、全てがうまくいく、そんな気になってきた。


 さて、やるべきことが随分と明快に示されたので、あとはいくらかの準備ののちに、出発するだけだ。そして、その準備自体も、特には要らなかった。


 その日の、かなり夜中の時分に、彼女たちは集まった。というのは、こちらと向こうでは時計一周分の時刻がずれていて、月に見守られながら人々の寝静まる時が、あちらでは昼頃になっている。

 正直なところ、活動サイクルはとっくに太陽を基準としているので、眠たい。しかし、いついかなる時も戦える、という兵士としての矜持のようなものは変わらず持っているから、頑張って起きている。


 集まった場所は、小隊長の家だ。


「なんか小隊長の家うちらのより広くないっすか?」


「確かに、すす、そ、そうかも!」


「えいら、そうやってこいつに騙されてばかりじゃダメだぞ」


 彼女たちには、それぞれに一軒の家がユキから与えられている。この街に来てまだ1日も経っていないにも関わらず、早くも立派な家持ちというわけだ。ユキとのズブズブの関係が成せるわざである。


 えいらが、細い姿見の前に立って、うーんと唸った。


「せ、せ、正装みたいなのしていくべきかな? それか、色々装備したりとか」


「えー、これでよくない? 地上の話も真実味増すじゃん?」


 あおめがその横に並んで、鏡に向かって、かっこつけて左右に体をひねってみせる。鏡面に映る、現代然とした女の子。地下には無い、自由な服飾。大量消費社会の名残。そうした格好をしていると、彼女たちが兵であることは、かすかにも感じられないのだった。


「そうだな。あえてこうした格好をすることは、効果的だろう」


 こうして、もはやロクに着替えることすらせずに、彼女たちはフルサトに向かうことになった。


「あ、その前にシャワー浴びていいスか?」


「私もしたいです……」


「好きにしろ。どうせあっちは昼だし」


 ――少し出発は遅れた。



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