第33話
3人の答えを受けて、ユキは「人類と共存しつつ、徐々に “返していく”」ことに決めた。すなわち、大きな街――もちろん全世界の規模から見れば、それは一都市にすぎない――を創り、そこに2種類の人間が住むが、時を経るともう片方――オリジナルの方――の割合が優勢になっていき、最終的には1種類だけになる。こうすることで、双方にとってデメリットのない形で事が終わるのだ。
少なくとも、ユキはそう語る。
*
墓参りの翌日、早朝のこと。山は寝静まっている。
日はまだ昇っていないが、世界は青々しく、夜明けの到来を予感させる。花はその時を待ちわびている。人間はと言えば、寝ていたかった。それなのでいつもは空が眩しくなってから起きるのだが、その日は違った。
というのは、黎明と共に世界が変わるとユキが言うから、皆それを見届けなければいけないのである。
家の前に、寝間着のまま3人は立った。山々に囲まれ、川が近くを横切り、風のたまに吹く、にぎやかな場所。あの時出会った場所、あの時別れた場所――また出会った場所。
彼女たちのそばには、もう3つ、別の影があった;ユキは彼女たちより半歩前、あの首ランタンのやつは離れた所、そしてあやめは彼女たちの後ろ。玄関の扉にもたれかかって、眠たそうな目をしている。ずれてきた眼鏡を、だるそうに整えた。
「お前ら、こんな早く起きれたのかよ」
あくびをしつつ、嫌味を述べることも忘れない。
カチッ、カチッ、と安っぽいライターの音がするので、3人が一斉に振り返ると、タバコに火をつけるところであった。
「も、もうこれで最後にする、ってこの間、い、ぃ言ってたのに」
「許してくれよ。これが本当の最後なんだから」
彼女たちのいかにも責め立てるような視線を受けながら、一服を楽しむ。
「しっかし、色んなことがあったよなぁ」
1か月という時間は、長いものでは無い。1日1日はあっという間に過ぎていった。だが、いかにそれを過ごしたかで言えば、普通の1年間よりはるかに充実したものだった。
「いま思い出したら、お前ら、私のこと殺す勢いだったよな」
「まあ、そうかもしれない……」
笑い話にしていいのか微妙なラインで、小隊長は苦笑いするばかりであったが、あやめはアッハッハと晴れやかに声を上げた。
「でも今は友達! やろ?」
「そうだなあ。この歳になって思春期の友達ができるとは思ってなかったな」
今度は、あやめが微苦笑した。
辺りがどんどん明るさを増していき、青々しいのは消えていく。深い夜を知る者だけが、暁の美しさに気づく。かつて人々は、明け方に始まりの象徴を見出した。日が出てくるのを、待ち遠しく思った。自ら動いてなにか新しいことをするには、明るくないといけないから。
「あやめさんは、こっ、こっ、ここ、これからどうしていくんですか?」
彼女たちは、正直な話、これから全ての事が大きく変わるにせよ、そこで何をしていけばいいのかはっきり分かっていない。それはあやめも同じことで、彼女が働いていた会社であったり、それのある街とかは、存在した事実すら消えてしまうだろうから、これからどうしていくかについて、きっちり考えないといけない。
彼女は、指に挟んだタバコを、口から遠ざけ、答えた。
「私は…………」
これまでのことを思い出す;自分が小さな子供だった頃;自分が何者であるかに悩んだ頃;将来のことに不安を覚えながら働きだした頃;そのほか、たくさんの人々と関わり合いながら成長していった記憶。それらすべては、きっと、偽りのものに違いなかった。
けれど、それでも彼女には、1つ断言できることがあった。
3人と出会ってから過ごした時間は、間違いなく、本物だ。
それだから、それを言い出すまで時間がかかったけれども、言うことは憚らなかった。
「そうだ。私は、本物になりたい。本物の花に」
それは、希望だった――
その言葉の意味を、3人は知りたがった。だから、会話を続けようとしたのだけれど、そこにユキが始まりの報せを持ってきた。3人とも、振り返る。彼女らの数歩前にユキがいて、これから起きることと、気を付けるべきことを淡々と告げていく。
「――日が昇る。大きな変化が起こる。その時、大きな風が吹く。むやみに動いてはいけない」
そう言い終わるや否や、それは訪れた。風と呼ぶのはふさわしくないように感じるほどだった。地球よりも大きな巨人が地上を覗き込んで、ふぅーっと息を吹いているみたいだった。世界が揺れている。
けれど、不思議と怖くは感じない。気を付けなければその息吹に体を動かされそうだったが、それは飛ばされるというよりかは、ふわふわと浮かんでいきそうな感じだった。それはむしろ、安堵すら覚える心地であった。
羽のような風に包まれながら、彼女たちは、日の出を見る。東の雲が、光る。影は小さくなっていく。
その時、3人の女の子の耳に、はっきり聞こえた声がある。
「頑張れよ!」
彼女らの背中に向かって、確かにそう言った。
しかして、風がぱたりと止む。不思議なことに、髪や服装は乱れておらず、また、周囲の自然にも荒れた様子は無い。
しかし、明らかな変化もあった。彼女たちの足元には砂利道があったのだが、それの跡がきれいさっぱり無くなっていた。幾年もの間、人々が踏みしめてきた道、その軌跡は、無かったことになったのだ。
これで世界は変わったらしいが、特に破滅が訪れるようなことも無かったから、緊張はすぐさまにほどけた。
「……あの風はすごかったな」
「ユキ、もう1回やってや!」
「無理」
「私はヤだよ。で、でで、できたとしても」
先ほどの強風の体験を語り合う。
「アヤメは大丈夫だったか?」
「ほんまや。眼鏡飛んでいってへんやろなー」
笑いながら、振り返った。そこにいる人物を、もう一度見るため。
「…………あ、あ、あれ?」
ところが、振り向いた先には、何も無かった。
1か月の間、自分たちの居場所としていた家:庭を眺めながらおしゃべりした縁側、色んな所に連れていってくれた赤い車、自分たちをいつだって歓迎してくれた玄関――そして、さっきまでそこに立っていたあやめ。
全部消えていた。あるべきはずのものまでも、消えていた。
「アヤメ?」
そこには、静かに草々が寄り合っていた。
日を浴びて、みるみる花が開きゆく。あの朝焼けに染まっている。
咲き誇っていたのだ。オレンジの、季節外れの菖蒲の花が。
「あやめ……」
目の前で咲いていく美しい花に、小声で呼びかけた。優しい風が吹いて、ふわりと揺らめいた。
――――どうしてか、悲しいとは思わなかった。兵士として、別れには慣れていたからだろうか。
寂しくはあった。けれど、決心のついた我々の足にまとわりつくようなものではなかった。
あれやこれやと言葉を弄するのも、あまり意味はない気がするから、もうそれ以上のことは言わないことにする。
ともかくとして、この花が一面に咲き、それを見かけるたびに、我々は1人の友のことを思い出すだろう。その花と同じ名をした、あの時の友のことを――――
「おい、ユキ、これ」
頭の無い体がユキの横に立つ。その脇に抱えられた女の首が、彼女に話しかけた。難しい顔をしている。その無機質な目は、花畑を見つめていた。
こいつはそれ以上のことを言おうとはしなかったが、ユキは全てを理解しているようで、ゆっくり頷いた。
「独立している」
「花、か」
この短いやり取りの後、少女を残して、もう片方はどこかへ消えた。




