第32話
「ユキ……」
「答え、聞いていい?」
突然の来訪だが、準備は既にできていた。
考えるべきは「あやめは人間か」であった。答えるべきもそうである。そしてまた、3人の見解は話し合うことなしに一致もしなければならなかった。それなので、ここ数日間、彼女たちはそれについての話を全くしなかった。
最初から答えは決まっていたように思える。それを整理して見つめ直す時間が必要だったのも確かだが、もっと短くてよかった。
それだから、ここではもう、言うのにためらわなかった。
顔を見合わせて、視線を交差させる。
人類の命運が、自分たちの答えにかかっている――そう思うと怖くなる。ならば、怖くなる前に踏み出してしまえばいい。そうやってここまで、生きて、来た。
「せーの」
――――人間!
全ての音は完璧に重なり、各人の声の違いがハーモニーを作り出した。
「どうして?」
その質問は、とっくに対策済みだった。
「我々には確かに感情があるし、それは多分、どんな地底人でもアンドロイドでも、完全に再現するなんてことはできないんだと思う」
そこまで言い切ってから、小隊長は暗黙のうちにあおめにバトンパスした。ディスコースの分配は、3人に根差した文化である。
「でも、前におる人がほんまは何考えとるんかなんか、結局誰も分からへん。心を読むなんて、誰もできへんねん」
「だから、かっ、っ……か、感情のあるなしは、私たちが、かか、勝手に感じるものであって、す…………っそれは人間の定義には関係ないと思います」
小さく頷く小隊長。
「我々が人間だと思えば、その存在は同じ人間であるということだ。この説明でいいか?、ユキ」
小さく頷くユキ。
「なるほど」
と相槌を打ったのは、いつの間にかユキの横に現れていた、あの首の取れた奴である。もうくっついているように見えたが、「おっと」とか言って、またポトリと女の頭が落ちた。ヘルメットを脇に抱えるみたいにして持った。
「よもや合致するとは思わなんだ。私の思った通りだな。だから人間は嫌いだ」
訳の分からないことを言っているが、どうやら約束は守るらしく、ユキより半歩下がって大人しくしている。
小隊長は、自分より小さい女の子に正面から向かい合って、真剣な表情で訴えた。
「だから、ユキ、お願いだ」
「なに?」
「すべて、今まで通りにしてくれないか。世界中の人間、あの街の人たち、あやめも――」
小隊長も、それはできないことであることは分かっていた。そんな無茶を、この宇宙人に情に訴えかけてやってもらおうなどということが不可能であるのは理解していた。
ところが、それを突き返したのは、頼まれたユキ本人ではなく、もっと別の人物だった。
「そういうわけにはいかねーだろ」
そう半笑いで言ったのは、あやめだった。さっきまでその他のものと一緒に固まってしまったと思っていたから、みなびっくりして、そちらの方を見た。
一体どうして彼女が割って入ったのか、小隊長たちには見当もつかず、戸惑うばかりだ。
彼女は、お墓と向き合いつづける。丸まった背中だった。100年の歳月を生きた老人のように見えた。
「ここは、地球は、お前たち……いや、それだけじゃねーな、もともと地球で暮らしてた生き物のものなんだ……いや、それもちげーな」
少し考え直す。
「もともと誰のもんでもねーんだ。だから、返さなくちゃいけないんだ。勝手に自分の物にしたら、ダメなんだ――――そうだろ?、ユキ」
冷静に彼女を見つめていたユキは、こくりと頷く。
「返さないと、ダメ」
と、自分に言い聞かせるみたいにして、静かに返事した。
それから、あやめは続ける。彼女たちのこれまでと、これからのことを思って。
「寂しく思う必要なんかないんだ。ここがお前たちの、住むべき家なんだから。これからは、ここで生きていくことになるんだぜ?」
その言葉に、3人はほとんど同時に、大きく頷いた。
この世界を美しいと思いつつも、地下から這い出てきた自分たちには、それを享受する権利は無いとどこかで思っていた。今こそそれを否定し、自らのあるべき場所を受け入れねばならなかった。そしてそれはたった今、1つのきっかけによって達成されたのである。
そうしたら、静寂を切り裂くかのように、パタパタパタッと軽い音がしたかと思うと、フォフォフォフォという素早く空気を切る柔らかい音がして、それが頭上をびゅんと過ぎていったので、仰ぎ見た。
何かが飛んでいる。それは、1羽のハトだった。白く、清い鳥であった。
何かをくわえている。それは、1本の枝だった。世界の始まりを報せるためのものであった。
彼は真っすぐ飛んでいる。何者も手に入れることはできない太陽の下――




