表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
31/40

第31話

 

 その日の、昼過ぎのこと。

 湿った石段を上る4人の姿があった。森の暗がりの中、低木の茂みに挟まれた小さな階段。もし山の中でそれを見つけても、普通はその先を行こうとは思わず素通りしてしまうだろう。意志あるものだけが、そこをゆく。


 しかしどうやら、意志だけではダメで、ある程度の体力もいるらしい。久しぶりにここにやって来た25歳の女は、はぁはぁと息を切らして、途中の所で立ち止まっていた。見上げる彼女の視点からは、曲がってすぐに見えなくなる、急勾配の石磴(せきとう)があった。一段一段が、段というより、乗り越えなければならない壁のようである。座ることも許さないような幅の狭いのも、彼女の体には応える。セミの止まぬ轟音に、片耳の内側を、少し指で掻く。


「ひぃ……きっつ……」


 その横を、やや子供っぽすぎる服装をした2人の年少の者が、軽やかな足取りで通って抜き去った。


「おっそ~。先行ってまうでー」


「待ってよ、あおめちゃん!」


 あやめが手ぶらである一方、その2人には荷物を持ってもらっているというのに、この差である。置き去りにされたやぶ蚊が、のろまな人間の方に寄ってきた。


「アヤメ、大丈夫か?」


 顔に力を入れてまた足を動かしはじめた彼女の横に、小隊長が歩を合わせて、並ぶ。


「なんでお前らそんな汗かいてないんだ? 訓練の賜物か?」


 汗を拭って、運動不足の女は愚痴をこぼした。それから2人の間に会話は無くなると思われたが、あやめが、階段を上る勢いを少し取り戻して、口を開いた。


「なあ」


「どうかしたか」


「住んでた家が実は他人のものだった、って気づいたらさ、どうすべきだと思う?」


 不意のそんな質問に、小隊長は戸惑う。とはいえ、特に悩むようなものでもないので、すぐに答えた。


「どうすべきって、返すべきだろう」


 自分から尋ねた割には、あやめの返事は「そっか」とそっけないものだった。

 しかして、しばらく彼女の息切れだけが続く。

 いつの間にか、古びたきざはしの途切れる所に着いた。頂上だ。

 長く細い磴道(とうどう)をのぼった先、空が現れた。そこは山の腹からちょっとだけ突き出た、崖みたいな所だった。左手が外に向かっている方だ。崖を下ってそう遠くない所からまた急激に山が立ち上がるので、景色はたいして良くない。開けた場所ではあるが、雑草は伸び放題で、足元はよく見えない。


「これが言ってたやつ?」


 先に到着していた最下層の女が、意図をもって積み上げられているに違いない石の塚を指差す。


「おう、そうだぜ……ふぅ」


 それは墓だ。5、6基ほどが並んでいるが、どれもぼやけた輪郭をしており、刻まれているはずの文字はまったく読めない。しかし、あやめはどれの前に立つべきかを知っているらしく、迷わず奥のに近づいた。ちょっと息を整えてから、墓に聞かせるようにして、言う。


「よーし、掃除すっかー」


 あおめとえいらが運んでくれた袋から、掃除の道具を取り出す。3人は、言われずともそれを手伝いだした。一応近くに蛇口があって、そこからはちょろちょろと水が出た。


 風化した墓石は、磨いても磨いても汚れが出てくるので、表面のコケを取る程度でほどほどに、主には草むしりをすることになる。


「おりゃあっ!」


「うわっ、つ、つ土飛んできたんだけど!」


 自分たちの世界には無かった風習を体験して、楽しそうに草を刈り取ったり引っこ抜いたり、地底人たちは楽しそうだ。


「親の墓は手入れしないと、罰金があるのか?」


 小隊長が、ゴミ袋に草を投げ込みながら尋ねた。


「ねーよ、そんなもの」


 彼女は笑って答えた。


「でも、そうだな、あんまりにしなさすぎたら、ちょっと気分は悪いんじゃねーかな」


「そんなものか」


「おう」


 それから、あらかた掃除は終わったように見えたので、あやめの声掛けで、みな手を止めた。道すがら買ってきたいくらかの花を両脇に飾り、水受けも満たし、後ろから覗き込んでくる2人に「まだ食べるなよ」と釘を刺しつつお菓子を供える。最後に、線香に火をつけた。絹糸を()ったみたいな煙が、揺らめきながら上がっていって、少し行ったところで、ふわふわとほどける。不思議な匂いがして、3人は首を少し伸ばして、深く息を吸った。


「よっこらせ、と」


 あやめは墓前にしゃがみ込み、俯いて手を合わせた。他も、まだこの習俗を良く分かっていないが、彼女を真似て、同じようにした。祈る気持ちは、きっと同じだった。

 しばらくして、一番墓に近い人物から立ち上がった。その背中に、小隊長は訊いた。


「アヤメの両親は、どんな人だったんだ?」


「……どんなのだったかなぁ。あんまり覚えてねーな」


 あやめは、目まいを起こしてしまったみたいに、またしゃがんだ。しかし、今度は祈ることはせず、墓と対峙するだけだった。後ろの3人は立ったまま、その背を見つめる。


「毎年、この時期だけここに来てんだけど――来てるはずなんだけどさ」


 なんだかなぁ――泣きそうになっているようにも聞こえる声色で、呟いた。白くなった線香の先が、崩れ落ちた。


「今日、初めてここに来た気がするんだ。初めて、自分の過去と向き合ってる気がするんだ」


 誰に向かって話しているわけでもないように聞こえた。ただ、自分の思っていること、感じていること、言いたいことを、この世界に一瞬でも形にするために喋っているようだった。


「なんなんだろな、これ」


 フッ、と鼻で笑う。そして、「変な話だけど」と続ける。


「お前たちが来てから、やっと……生きてるって感じがしてるんだ――」


 ありがとな。


 そう言った時の彼女がどんな顔をしていたかは、3人には見えなかった。見えなくたって、別に構わなかった。人間だから。


 ――その時、風が吹いた。


 時が、止まった。


 何一つ音がしなくなった。


 小隊長、あおめ、えいらのただ3人だけが動いていた。だから、別の何かがこちらに近づいてくるのに、すぐに気がついた。ユキだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ