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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
30/40

第30話

 

 またある日の事。それは、えいらが早起きして、家主の作業を手伝っていた時だ。他の2人は、この手伝いというのが嫌なので、あえてこの日は長く寝ていた。まだ6時にもならないくらいだが、もう手元が見えるくらいには明るくて、それから潮が満ちていくみたいにちょっとずつちょっとずつ、しかしどんどん眩しくなっていく。


 えいらは、真剣な表情で庭の花壇に水を撒いていた。1か月前なんかは何一つ生えていなかった場所だが、花を珍しがった3人のために、あやめがあれやこれやと植えたのだ。最年少の子は特に気に入っているらしく、毎日それを眺めている。害虫が付いていると、容赦なくそれを潰してしまった。毒々しい芋虫も手で引っ掴んで踏みつけてしまうので、どうやら違う文化で育ったことが分かる。あやめの思い出にあった靴が、虫の液で汚される。


 あやめ本人はそれを気にする様子もなく、その後ろで、雑草をぶちぶち抜いていた。額に汗を流し、時折腰をさすって「うぅ」とかうめきながら、しばらくさぼっていた分のしわ寄せに喘いでいる。


「ふひぃ……」


 ひと段落ついたのか、縁側に腰かけて、汗をぬぐった。

 花を小さいカメラ(元々偵察記録用のもの。今では大半が3人のくだらない思い出か花しか記録されていない)で撮っているえいらの背に、声をかける。


「花とかやっぱ好きなのか?」


 突然話しかけられてびっくりして、くるりと振り返った。


「あ、は、はい。あ、でも、花もそうなんですけど、く、こういう自然っていうか、み、緑が好きなのかもしれないです」


 えいらは、足元の草花、家の裏に広がる森、それらすべての生み出した空気をかき集めるみたいに、1つ深呼吸した。


「へぇ。木とかって地下にもあったのか?」


「た、たまにレプリカとか、鉢植えとかありましたけど」


「じゃあ無いのと変わんねー感じか。どうせあれだろ。金持ちの特権だろ」


 金髪の少年兵は、あやめの隣というには少し離れた所に、遠慮がちに腰かけた。


「そんな感じです……だからこそ、こ、こうやって地上で緑にか、か、えっと、包まれてると、かっ、かか感じるんです」


 庭の木を見上げる。


「人間は地球で生きてたんだ、って」


「………」


「ど、どうかしましたか?」


 不意の沈黙に不安になって隣を見ると、ちょうど向こうもこちらを見た時だったので、目が合った。彼女はすぐに視線を戻してから、口を開いた。


「いや、なんつーか。私には分かんねぇ感覚なんだろーなあ。これからも」


「………」


 そう言って庭を眺める横顔を見たえいらは、結局何も答えられなかった。

 それからしばらくして、あやめが草抜きを再開したので、彼女はその場を立ち去ろうとする。それは両者にとって最良の選択であるはずだった。


「――そういえばな」


 しかし、それを引き止めるようにして、女は語り出した。あくまでも手は止めずに、視線は草の根に注いだまま。


「だいぶ前に、親に言われたんだ。自分たちが死んだら庭に菖蒲畑作って、そこに墓を置いてくれ、って。まー見ての通り、結局、何一つしてあげられなかったけど……」


 えいらは、黙って耳を傾ける。なんてことない、思い出話だった。

 小さな汗が、朝日にきらめいた。


「花育てるとかクソほど苦手だから、自分じゃできねぇんだけど、私も見てぇな。ここに一面にぶわぁって花が咲いてさ……あ、別にえいらにやってくれって言ってるわけじゃねーぞ?」


 ハハッと笑うが、実に寂しそうな笑いだった。うち破れた夢を語る時、人はそんな声が出る。しかし、あやめのそれは、その奥深くに、もっと別の寂しさがあるような気がしてならなかった。えいらは、話すのが上手じゃないから、その背中に向かって静かに頷くのだった。


 小さくなったその背中に。


「――あ、そうだ。昼頃からさ、ちょっとついてきてほしい所があんだ」


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