第30話
またある日の事。それは、えいらが早起きして、家主の作業を手伝っていた時だ。他の2人は、この手伝いというのが嫌なので、あえてこの日は長く寝ていた。まだ6時にもならないくらいだが、もう手元が見えるくらいには明るくて、それから潮が満ちていくみたいにちょっとずつちょっとずつ、しかしどんどん眩しくなっていく。
えいらは、真剣な表情で庭の花壇に水を撒いていた。1か月前なんかは何一つ生えていなかった場所だが、花を珍しがった3人のために、あやめがあれやこれやと植えたのだ。最年少の子は特に気に入っているらしく、毎日それを眺めている。害虫が付いていると、容赦なくそれを潰してしまった。毒々しい芋虫も手で引っ掴んで踏みつけてしまうので、どうやら違う文化で育ったことが分かる。あやめの思い出にあった靴が、虫の液で汚される。
あやめ本人はそれを気にする様子もなく、その後ろで、雑草をぶちぶち抜いていた。額に汗を流し、時折腰をさすって「うぅ」とかうめきながら、しばらくさぼっていた分のしわ寄せに喘いでいる。
「ふひぃ……」
ひと段落ついたのか、縁側に腰かけて、汗をぬぐった。
花を小さいカメラ(元々偵察記録用のもの。今では大半が3人のくだらない思い出か花しか記録されていない)で撮っているえいらの背に、声をかける。
「花とかやっぱ好きなのか?」
突然話しかけられてびっくりして、くるりと振り返った。
「あ、は、はい。あ、でも、花もそうなんですけど、く、こういう自然っていうか、み、緑が好きなのかもしれないです」
えいらは、足元の草花、家の裏に広がる森、それらすべての生み出した空気をかき集めるみたいに、1つ深呼吸した。
「へぇ。木とかって地下にもあったのか?」
「た、たまにレプリカとか、鉢植えとかありましたけど」
「じゃあ無いのと変わんねー感じか。どうせあれだろ。金持ちの特権だろ」
金髪の少年兵は、あやめの隣というには少し離れた所に、遠慮がちに腰かけた。
「そんな感じです……だからこそ、こ、こうやって地上で緑にか、か、えっと、包まれてると、かっ、かか感じるんです」
庭の木を見上げる。
「人間は地球で生きてたんだ、って」
「………」
「ど、どうかしましたか?」
不意の沈黙に不安になって隣を見ると、ちょうど向こうもこちらを見た時だったので、目が合った。彼女はすぐに視線を戻してから、口を開いた。
「いや、なんつーか。私には分かんねぇ感覚なんだろーなあ。これからも」
「………」
そう言って庭を眺める横顔を見たえいらは、結局何も答えられなかった。
それからしばらくして、あやめが草抜きを再開したので、彼女はその場を立ち去ろうとする。それは両者にとって最良の選択であるはずだった。
「――そういえばな」
しかし、それを引き止めるようにして、女は語り出した。あくまでも手は止めずに、視線は草の根に注いだまま。
「だいぶ前に、親に言われたんだ。自分たちが死んだら庭に菖蒲畑作って、そこに墓を置いてくれ、って。まー見ての通り、結局、何一つしてあげられなかったけど……」
えいらは、黙って耳を傾ける。なんてことない、思い出話だった。
小さな汗が、朝日にきらめいた。
「花育てるとかクソほど苦手だから、自分じゃできねぇんだけど、私も見てぇな。ここに一面にぶわぁって花が咲いてさ……あ、別にえいらにやってくれって言ってるわけじゃねーぞ?」
ハハッと笑うが、実に寂しそうな笑いだった。うち破れた夢を語る時、人はそんな声が出る。しかし、あやめのそれは、その奥深くに、もっと別の寂しさがあるような気がしてならなかった。えいらは、話すのが上手じゃないから、その背中に向かって静かに頷くのだった。
小さくなったその背中に。
「――あ、そうだ。昼頃からさ、ちょっとついてきてほしい所があんだ」




