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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
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第3話


 その後は昼食だ。これもまた、兵士の特権だろう。どこの世界、いつの時代であっても、まともな食事があるということは当たり前ではないのだ。それが保証されるというだけで、兵士になる価値は十分にあった。もちろん、実際のところそれが対価として釣り合っているかどうかは、また別の話だが。


 各自が食膳を運んで、長机にずらりと並ぶ。薄暗い食堂であった。訓練を終えたばかりの兵士たちからは、部屋を蒸し暑くするのに十分な熱気が放たれていた。


 今日の昼ごはんは、いつものごとく、見た目はゲロ、味は普通、栄養満点。金属製の皿に盛られた、粘ついた灰緑色の粥は、たまに豆のような塊が混じっている以外に変化がない。この場にいる者の中で、その材料を知るのは、誰一人としていなかった。


 誰も食事を楽しみはしないが、嘆きもしない。詰め込むものは詰め込んで、あとは仲間との会話を楽しんでいればいいだけだからだ。スプーンが金属皿を叩く音と、誰かの短い笑い声が交差する。


「――小隊長」


「なんだ」


「私の変化に気付きませんか?」


 あおめが、片手の指先を自身の胸に当てて、反応を待つ。向かいの席の小隊長は、揚げたコオロギをぱくぱくつまみながら、彼女をじろじろ眺める。


「分からないな」


「えー。髪型っすよ。昨日切ったんです」


 首を左右に振って、わざとらしく髪を揺らしてみせるあおめ。真っ黒な髪が、ちょうど輪郭をなぞるラインで斜めに切り揃えられている。毛先の揃い方が綺麗であるので、そこを気づいてほしいのだろう。しかし、小隊長は、分かりかねて唸ってしまった。


「なんも変わってないが。この前みたいに前髪を切ったら分かるんだが」


「あれは失敗だったのでもうやりません。それに、今回はめっちゃ上手い人に切ってもらったんですよ」


「へえ。どこの?」


「基地内のいつものところでしたけど、新しいお兄さんが入ったんす。めちゃイケメンでしたよ」


 とまあ、そんな話をしていれば、お昼時などあっという間に終わってしまうものだ。その次は、またもや訓練である。


 2時間の訓練であるが、午前と違うのは、複数小隊間の連携を高める合同練習という点である。様々なケースを想定した模擬戦闘が行われ、本日は、発電所と居住区画の連結路での接敵というシチュエーションで行われた。


 それが終わって15時から16時までは、自分が運用することになるものを主として、諸装備の点検、整備の時間となる。あおめとえいらは、照射灯――暗闇を明るくするのに欠かせない――を中心に作業を行った。


 作業には、アシスタントがいた。


「イアちん、配光ユニット、問題ないか?」


 あおめがそう尋ねれば、即座に返答が返ってくる。


「リフレクターパネルに歪みがあります。おそらく落下の衝撃かと推測されますが、照射角に影響するレベルではありません。ただし、固定フレームのカーボン接着部が一部剥離しています。応急で済ますか、交換しますか?」


「ああ、ほんま。んー、交換やなあ。あとバッテリーは?」


「セル3に微弱な電圧降下が見られます。長時間運用には不向きですが、巡回任務程度であれば問題ありません。ただし端子の腐食が進行しており、接触不良の恐れがあります」


「なるほどなるほど。ほんならターミナル磨いときますわ」


 あおめは、端的なフィードバックにうなずきながら、工具を取り出して作業を続ける。


 彼女に付き添うのは、ゴミバケツをひっくり返したような形をした、金属部品の塊だった。外装は、ありあわせのスクラップをつなぎ合わせたことを隠しもしない粗雑さだが、内部の解析・補助機能は優れている。筐体(きょうたい)の脇腹に「CHRLGPT」というプレートがかろうじて読み取れる。

「イア」というのは、あおめが勝手にそう呼んでいるだけで、もともと名前は無い。えいらは「アイ」と呼ぶし、小隊長は「お前」とだけ言う。「バケツ」だろうと「ロボット野郎」だろうと、いかなる呼び名をも受け入れた。


 イアに雑談に付き合ってもらいつつ、作業を終えたあおめは、全身をほぐすように手足をぐっと伸ばす。あくびを噛み締めたその目は潤んでいる。


 目を(こす)りながら、不意に、イアに尋ねた。


「なあなあ」


「はい、なんでしょう」


「イアちゃんって、感情あるん? 頭の中でなに考えてるん?」


 すると、いつもと変わらぬ迅速さでレスポンスがくる。


「私のような存在には、感情というものは定義上ありません。ですが、それらを形式的に模倣することはできます。それがあなたとの対話を円滑にするならば、喜びや苛立ちを表現することも、任務の一部です」


 それは、機械とは思えない、温かみのある声だった。圧縮された音声ではあるけれども、それがむしろ、遠くの誰かとリアルタイムで通信している気持ちにさせた。


「えー感情ないん? ほんま?」


「ええ。私の中には、感情はありません。入力されたあなたの声色や言葉の並びを読み取って、それにふさわしい反応が何であるかを導き出します。それを感情がある、と感じることは可能ですが、実態としては、私には感情はありません」


「ふーん」


 あおめは、その喋る鉄くずを見つめて、不思議な気持ちになった。


 ――例えば、このイアが人の体を持って、それがたくさん寄り集まって、共同生活を営むことになったら。彼ら彼女らはきっと、それなりに人っぽい生活を送るだろう。それがただの人間の真似事であるというのは間違いない。


 けれど、もしそのコミュニティに自分がいたら? 自分と他者との関係において生じるコミュニケーションは、彼らとの間にも成り立ってしまうのだから、少なくとも自分にとっては――


「あかん! 考えるのやーめた」


 訓練終わりで疲れているのに、難しいことは考えたくない。


「考えるのをやめると、成長も止まってしまいますよ」


「やかましいわ」


 工具で軽くボディを小突くと、バケツの機械は地面をスーッと滑るようにして動き、逃げていった。その先、少し離れた所にえいらがいて、助けを必要としているらしかった。


 あおめは、コイルガンの整備に取りかかった。


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