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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
28/40

第28話

 

「……っ!?」


 一体なんだと思って、何か言おうとするが、唐突の出来事にまったく声が出ない。


 咄嗟に目をつぶり、開いた次の瞬間には1人の男がそこにいて、ユキの首を締め上げていた。小さな体が宙づりになって、僅かに揺れている。


 華奢な体躯とはいえ、首だけで吊り下げられており、その力のかかりようは、男の指の食い込み具合から見て取れる。


「だ……誰だ!」


 迷いなく3つの銃が男の方に向く。その先にいる男は、まるで印象に残らないような、そこらへんにいる中年だった。ユキの首根っこを掴んで、ずっと離そうとしない。


 しかし、あくまでも首を絞められている側は、かすかにも動じる様を見せなかった。これまで彼女たちに極めて冷静に話してきたのと同じように、その瞳には静かに世界が映し出されていた。意外なのは、それに相対する男の目にも、同様になんら激情の宿ってはいないことである。2人とも、何も思っていないみたいだった。


 また、先ほど感じた衝撃なども、どうやら体で感じたほどのものではない――もしくはまったくしなかったらしく、ユキが座っていた椅子は、机に向かってきちんと脚を揃えて向けているままだった。つまり、ユキの物体としての位置のみが瞬間的に変化したのだろう。


 この奇妙な光景を前にして、テーブル1つ挟んだ向かいにいる軍人たちは、どうすべきか分からなくて、永遠に続くかのような膠着に陥った。自信に満ちていた銃口は、いまやぐらぐらと揺らぎだし、指先は引き金から随分と離れた。


 結局、その状況を変化へと導いたのもまた、その男だった。いや、それは既に男ではなく、女になっていた。


「やあ」


 首をきっちり90度曲げ、3人の方に、平気な顔をして挨拶してくる。その間も、ユキはまだ首を絞めあげられている。


「お前は――」


 対話を試みるべく、小隊長は声を発そうとするが、女はそれを待ち構えていたかのように、すぐさまに遮った。


「人間たちよ、こいつの言うことを信じるか」


 そう問いかける女の頭は、宙に勢いよく舞って、既に落ちはじめようとしていたところだった。ユキが、それを刎ねたのである。おそらく、あまりに速く動く手によって。

 その時になってようやく、ぎちぎちと絞められ、折れそうだった細い首は解放され、小さなその足の裏が床についた。


 しかし、それは首がなくなってその女が死んだからではない。それが首をキャッチしようとしたためである。

 首を切られても体に明確な意思が宿っているという、衝撃的な光景を見せられた3人の兵士は、ただただ閉口するばかりであった。


 彼女らの混乱は頂点に達しているが、実のところ簡単な話だ。その女は人間の体を持たないから、首と体が見かけ上繋がっていようがいまいが、大した違いは無いのである。

 それなので、断面の綺麗な生首を机に置き、話を続行する。血の一滴も流れることがない。そして声を発するのは、もちろん机上の頭だ。


「やあ人間たち。もう一度訊くが、こいつの言うことを信じるのか?」


 顔は3人と向かい合ったまま、首なしの体の方が動いて、それと対峙している小さな女の子を指差す。双方わずかの隙も見せることなく、いつでも小競り合いが再開されそうな雰囲気だったが、一方でユキの表情は、初めて会った時からほとんど変わらない、無が維持されている。黙ったままだ。

 両隣の期待を感じ取った小隊長が、代表して、慎重に答えを返す。


「今のところは……そうするしかない、だろう……」


 一連の展開に対し、まだ理解の追いつかないところもあって、夢でも見ているような気分だったから、自分が答えているという実感がいくらか無かった。


 銃口が力なく下を向こうとする。しかし、すぐに持ち直す。


 ユキの言っていることは難しくて、頭が疲れた。だが、それをある程度理解できたのは、この目で確かに地球を見た上で、その現状をユキの説明が破綻なく理屈づけてくれたからである。

 そういうわけで、直感の部分がユキによって納得させられている以上、軍人は己を信じることにしたのだ。


「ふむふむ。確かにそうだ」


 生首がわざとらしく言う。


「それで、だれなんだお前はっ」


「そんなことは問題ではない。ユキと違って回りくどく説明はしないから、よく聞け」


 こうべは語る。耳にかかっていた髪がはらりと落ち、机に垂れた。


「ユキはお前たちに言っていないことがある;もし人間と我々のエセ人間が共存しようとするならば、いずれにしても現状の破綻は免れない。人間の歴史や営みから得た膨大なデータは無秩序に実現され、地球上は全くのカオスになる」


「ど、どういうこと、ですか……?」


 えいらが訊く。生首は、自分の体にそれを拾わせて、ランタンのように掲げさせると、もう片方の手でわざとらしい身振りを交えながら、答えた。女は、老いた男に変わっていた。


「かつて我々は人間を知るために、お前たちの先祖の創作物を学習した。つまり、対象が“何であるか”を知るために、対象自身が作り出した“何でないか”を知った:人間の世界に、箒にまたがって空を飛ぶ奴はいないし、座禅を組んだまま飛べる奴もいない。人喰い病を発症するウイルスは存在しないし、世界を救うヒーローもいない。それらはすべて、おとぎ話――そしてそれとの対比によって、現実という実に曖昧なものの輪郭を、少しでも浮き上がらせる」


 だが、と続く。


「我々の中にも認識の能力に差があるらしい。すべてが、虚構と現実の境目について、正確に見分けられているわけではない。もし君が、我々の観測範囲外で何らかのことをして、それが“第四帝国の異教徒どもをスーパーパワーで滅ぼし神の国を実現した”のだと我々に報告するのなら、概して我々はそれをデータの積み重ねから“到底信じられない”と判断できるが、一部のアホは“フィクション”というラベルを貼り付けることができない」


「ほんで……結局なんやねん」


 老人の――いや、今はもう彼女たちと同じくらいの年齢の男の――目が、ほんのわずかに細められる。


「我々を、薄く広がった霧とかガスとか、そういう風に捉えてみてはどうか。全体は均一という訳ではなく、知性や意識に関して濃度のばらつきがある。そして、そのうち人間特有の虚構を理解できない原始的な部分が存在する。こいつらの認知能力はゴミだが力は強い。こいつらを制御しきれなくなった時、地球上に見境なくファンタジーが広がる。お前たちは巻き込まれて死ぬ」


「――可能性がある、というだけ」


 それまで黙って立ち尽くしていたユキが、すかさずそう付け足したので、3人の目線は右と左を素早く行き来した。

 2つの個体とも、顔にはほとんど感情が現れないが、明らかに仲は良くないらしい。


「何にしたって、共存などあり得ない。故に、そこの3人には死んでもらわなければならないように思える」


 と、次の瞬間に小隊長が見たのは、自分の目に一直線に向かってくる、鋭い切先であった。刺さったように感じて、思わずのけぞって、尻餅をついた。脇の2人は「よもや」と思って、体がとっさには動かなかった。


 しかし、小隊長は来るはずの痛みを感じなかった。気づかない間に大怪我をしていたということは経験があるが、それとは違って、本当に無傷だ。


 ――ユキが、その攻撃を食い止めてくれたからである。金属質に変化したその手が眼球に届くぴったり5cm前のところで、それを掴んでぴたりと止めていた。

 阻まれた方は、想定していた通りだったのか、「なるほど」と言うだけで、ユキが手を離してもそれ以上のことはしてこない。短髪の女は、少し迷うような表情をして見せた後、ある1つの提案をしてきた。


「分かった。ではこうしよう;3人は相談なしで、各々が答えを出せ。答えの如何を問わず、全てが一致した場合においてのみ、ユキの提案が実行される。1人でも違った考えを示した場合、やはり人間というのは不和をもたらす存在であるように思われるので、人類には死んでもらおう。これでいいな」


 小隊長らからすれば、何一つ良くないし、理解も及ばないが、ユキは頷いた。その後、補足するようにしてこう述べる。


「問題ない。私は、あなたたちの見解が一致することを既に知っている」


 他の一切の可能性を切り捨てて、彼女は断言したのであった。

 

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