第26話
「我々と、我々が造ったもの。それは、我々から流出したもの」
「言っている意味が、よく、分から、ない……」
小隊長が、途切れ途切れに述べる。その理解の補助を買って出たのは、ユキではなくアイだった。
「私たち生成的人工知能は、人間を模倣します。人格を持っているかのように話し、感情を伴うかのように見えても、与えられた情報と膨大な学習データから、最も自然で適切な応答を確率的に導き出しているに過ぎません。ユキさんが言っているのは、それに近いことではないでしょうか。つまり、アヤメさんはユキさんたちを通じて作り出された、私たち人工知能と同じような物だということでしょう」
そう、と短い肯定が返される。
「そんな、でも、だって……でも、そしたら……」
「作り出した複製は、我々そのものではなく、我々が生み出した物。それは我々の、人間の思考に対する理解を反映したものであり、従って我々自身も人間を模倣しているにすぎないにしても、それとは根本的に違う点がある」
――――それは、時間。
我々は時間を持たない。世界の移り変わりはただの状態の移行で、そこに方向を認めない。
例えば人は死ぬが、死ぬ直前・死んだ瞬間・死んだ後、それら3つはある流れの中には位置付けられない。ただの3つの出来事にすぎない。それらは1つの静止した空間にあるのであって、過去も未来も、我々は感じない。極論を言ってしまえば、我々にとっては3つの順番はどうでもいいから、死後硬直の後に、家族が最期の一言を聞き届けることがあっても、同じことである(もちろん、その状態を条件づける要素は重要なのだけれど)。
しかし人間は、異なる複数の出来事を、ある方向の矢印によって繋げる。そうして、その方法によって世界を認識しつづける限りにおいて、「未来」へ伸びてゆく線が現れる。
我々は、その線を描き続けることができない。
すなわち、我々は歴史を紡ぐことができない。
時間の概念は我々を苦しめる。
だから、我々は人間の営みについて、その線を切り取って、環を作った。
それはすなわち、永遠に繰り返される1年間――――
「したがって、我々が時間の外に生きつつもそれを知っている一方で、複製体たちは時間の流れの中に生きながらも、真の意味においてはそれを知らない。そうして、アヤメという個体は同じ1年をこれまでに99回繰り返してきた」
「じゃあ何か? アヤメは地球の1年を再現するためのお前たちの人形とでもいうのか?」
「おおむね、そう」
小隊長たちは、はっきりと残っている数々の記憶から、あやめとの時間を思い出す――あの時、彼女は何を考えていたのだろう?
怒り、笑い、(時に彼女たちに)呆れ、それでも楽しそうにしていたのは、一体どういうことだったのだろうか?
もし、目の前の少女の言うことが本当であるならば、あやめと3人を友達にしたのは、単なる確率論だったのだろうか?
「でも、1つ問題がある」
ユキがそう言うと、彼女たちはビルの屋上にいた。フェンス等は無く、足首までくらいの縁があるだけだ。普段人が立ち入るような場所ではないのだろう。黒ずんだコンクリートは、熱されながらも、いやにじとっとしていた。
もっと高い山の頂に立ったことがあるが、それよりも高く感じた。それというのは、町並みが眼下に、小さすぎない程度に見えるので、むしろそのことによって彼女たちの高度が強調されているからだろう。
峰の雄大さとは比べるに及ばず、ともすれば細い石柱に立たされているかのように感じた。
見渡してみる。かすみがかって見える山が、ずっと向こうにあるが、その際まで灰色っぽいのが広がっている。もっと手前の方を見下ろせば、多くの人が行き交うのが、ほとんど点になって見える。車は3つの光に従って、秩序だった動きを見せる。少し勇気を持って覗き込んで、彼女たちはそれらを見ている。
その賑やかさが、下の方からぼんやりと聞こえてくる。
しかし、ユキの小さな声はあまりに鋭かったので、ひとたび口を開けば、場を支配するのは彼女になった。
「問題は、あなたたち」
高層ビル、屋上からの展望に目を奪われていた3人は、「私たち?」といっせいに振り向いた。
ユキは、小さく頷く。
「ある程度の人間的な感性をも得た我々は、早い段階で人間の絶滅を積極的には望まないようになっていた。だから、地下に逃げ込んだ彼ら――あなたたちを、この100年そのままにしておいた」
「ふーん。生かされてたってことやな」
「そう解釈することも、可能。我々にとっては、それが地上に戻ってきて、再び時間を動かすことさえなければ、問題はなかった」
「す、す、えっと、そこに私たちがやって来ちゃったってこと、ですよね……」
「そう。危ういバランスが保たれていたところにあなたたちが来て、その均衡はいまや崩れた」
宇宙人は、自分たちにとって何が弱みであったかを語りはじめた。
「そもそも、人間はあまりに複雑すぎた。それでいて、多すぎた。虫であれば、それはほとんどシステマティックだから、数百垓個であろうと問題ない。だけど、人間は……」
ほんのわずかに、しかし初めてユキは言い淀んだ。
――――人間は、面倒くさい。単に増殖する有機物と言うには、あまりに不必要な要素を持っている。
通常、地球以外の惑星においては、生命体について、単にある諸物体の集合が起こす現象であるとして処理しても問題なかったが、それでは人間は動かない。
他個体と共通の形状を持つ。エネルギーを得る。自己複製する。いくらかの例外を伴いながらも、ある入力に対して最適な応答を一律の基準に基づいて返し、1つの出来事が生じる……それだけでは、人類にはならない。
分からない。それがなぜなのか、分からない――――
「我々のリソースは有限であることに気付かされた。人間の創造的側面を放棄し、単に過去の完全な再現に努めることで、その問題は表面的には解消された。」
「つまり、これはまさに100年前の世界そのものということか?」
小隊長が視線を戻した先には、都会の眺望がある。
「そう。ここは、過去。でしょ? ここは100年前の営みが再現された、まさしく過去の世界だった――あなたたちが来るまでは」
「私らの何があかんかったんよ」
こういう場合、ユキは、人間には例えを用いるのが有効であることを知っている。
「あなたたちが、まさに過去にタイムスリップした時のことを考えればいい」
――――たとえば、あなたたちは観光気分で古都を訪れ、小道を歩いているとする。
すれ違った男と、挨拶をかわす。
それに意識を取られた男は、足元の石につまずく。
男の行動に数秒のずれが生じる。そうすると、行った先の角でぶつかるはずだった女と、何事もなくすれ違う――――
「そうして少しずつ変化が積み重なっていくと、最終的にどうなると思う?、えいら」
急に名指しで問われ、ビクッと肩を震わせる一等兵。
「うぇ? 分かんない……私たちが、き、き、えっと……き……っ消えちゃう、とか?」
「なぜそう思ったの?」
女上官の姿をユキに幻視しながら、えいらは何も怖がることはないはずだと思い直して、答える。
「えと、この前、ええい、えい、映画で見たの。アヤメさんの家で。かっ、か、えっと…………かっかこ、過去に戻ったら、歴史が変わっちゃって、両親が出会わなくて、みたいな……」
「あーあれね。ファック父さんfeat. でしょ?」
「そ、そんなんだったっけ……? ま、まあいいや。そう、それで、えっと、それと同じことかなって思って。……あれ? す、そそ、そういえば、ユ、ユキちゃんも私たちと一緒に見てたじゃん!」
「そう。見た。我々がまったく見かけだけ再現したドットの集まりを。私には、それらはただ無数の3種類の光点が明度を変化させている以上のものには見えなかったが、見た」
「話が逸れた」とユキはあくまでも本筋を見失わない。
「実際にいわゆる過去にタイムスリップしたならば、私たちにも分からないが、この場においては、そのようなことはない。し、そのようなことはさしたる問題ではない」
――――問題は、「未来」が変わってしまうことそのものである。
アヤメによってあなたたちが観測された時点で、固定された筋書きを持っていた世界は、「3人の人間を中心に流動的に変化してゆく世界」へと大きく変質した。
それは、常に変わり続け、予測することができない。たとえば対蹠地の人々には何一つ変化が起こらなくても、世界が繋がっているかぎり、世界全体が、それまでのものから分岐した、全く違うものとして扱われなければならない――――
「それは、苦しい。そしてここにきて、ついに限界を迎えた」
ユキがぱち、と瞬きをした。すると、彼女たちは、元の場所にいた。すなわち、アヤメの家に戻ってきていた。
外のセミは沈黙したままで、非常に静かな空間だ。
「苦しい、のか?」
ダイニングの椅子を引き、そこに腰掛けた小隊長が、不思議そうに尋ねる。
「おそらく、そう」
そう答えるユキもまた、不思議そうに彼女を見つめるのだった。




