第25話
小隊長らは無い唾を飲み込んで、それの話すのに耳を傾ける。理解には苦しんだが、彼女の言うことは、ただの冗談にはどうにも聞こえなかった。ふと、ユキの使っている言葉が、自分たちのものであることに、今更になって気がついたが、もはやそれは大した問題ではなかった。
「あなたたちは、知る権利がある」
「……何を、だ?」
「世界に何が起こったか」
顔色一つ変えずにそう言ってのけるので、3人は顔を見合わせた。
ユキの目を今一度見るが、そこからは何も窺い知ることはできない。ただのガラスの玉だった。
虚言か、真実か。
ことの成り行きにその判断を委ねることにした。
目を閉じて、という言葉に従う兵士たち。
音というものがしない、まったく静かなこの場所において、視覚情報が無くなると、妙な気分になった;自分の存在を見つめ直し、場合によっては疑わなければならないかのようであった。
すぐにまた「開いて」と言うから、言われるがままにそうする。
「………………」
そこで果たして何が変わったのか、何を見たのかと言えば、ひとえに無であった。
彼女たちがいたはずの古ぼけた家はどこにもなく、また豊かな森も、山も、無くなっている。
草一本すら見えない、大地の起伏と無機質で澄んだ川だけがそこには残されていた。
誰にも知られずにただ時が過ぎていくだけの、どこか別の惑星に降り立ったかのようだった。
「………」
彼女たちは、その場をぐるりと回る。それが少し速かったので、彼女たちの見たものは断片的だった。しかしながら、じっくりそれを眺めようとも、そこにあるのは水と岩であり、その価値は無かっただろう。
「これは………………なんだ?」
ようやく口を開いて、喉から振り絞ったかと思えば、出たのはそれだけである。他2人は、無意識のうちにそれに返答しようとしたらしく、しかし答えなど知るはずも無いので、ただ首をひねっただけだった。
そして、口には出さないにしろ、全員の頭の中で浮かび上がったであろう数々の仮説は、ユキの一言によってすべて否定された。
「ここは、地球」
「いや、そんなわけ――」
あおめは反射的に否定し返したが、だからといって有効な反論を示すことができるわけでもない。ゆえに、ユキはもう一度繰り返すことによって彼女を封殺することができた。
「ここは地球。これが、今の、地球の本当の姿」
そして次の瞬間、彼女たちは街中にいた。
誰もが瞬きをすることなく、十全に目前の景色を視界に収めていたが、突然現れた。
現れたというのは、この場合、彼女たちが、と言うのが正解だろうか。
だが、そこに人々の生み出す熱気は無く、アスファルトから熱が立ち込めるだけであった。
少し前にあやめと来た場所と似ているが、その時と違って人の姿は無い。車も自転車も、一台たりとも置かれてすらおらず、ただ空虚な建物が道路を挟んで並んでいるだけだ。それはちょうど中身が抜け出した後の、文字通り抜け殻であるようだった。
ユキは、道なりに小さな歩幅で歩き出した。それを彼女らが追いかけはじめると、しんとした大通りにトトト、と複数の足音が重なって響く。
――追いつけない。
先をゆく不思議な女の子は、歩きながら語りはじめる。振り向くこともなかったが、後ろの3人にはよく聞こえた。
「100年前に我々はこの惑星に到達した」
――――我々は生命であった。宇宙のうちに拡大する、自己組織化されたうねりであった。本質的には、光学的に観測することが可能であるような体は、持っていない。
自己複製し、(ある場合においては分化しながらも)ある1つの秩序だった(ように見える)諸構造を形成する有機生命体を、ある領域において発見した場合、我々はそれらを複製する。
その際にオリジナルを消滅させることで、我々のみによる永久的な再生産が実現される:それらの活動、それによって生じる現象、それがもたらすそれらへの帰結。――――
「どうしてそのようなことをするのですか?」
「その問いへの答えは、人間の生きる意味を定義することによってのみ導き出される」
「そうですか。横やりを失礼いたしました」
人工知能は、それきり静かになった。
彼女たちが歩いている場所は、いつの間にか深い森の中になっていた。熱帯の密林はなにかに恐れおののいているかのように静かだ。
「我々が地球にやってきた時、同様のプロセスが始まった。しかし、それらはあまりに高度に発達していた。オリジナルの排除はおろか、複製すらも容易ではなかった」
――――失敗を繰り返した。
特に人間は困難だった。まったく出来損ないのコピーを、大量に生み出した。
しかし、最も予想外だったのは、我々がその過程で人間的“知性”を得たことである。
それは、様々な意味において、我々に1つの形を与えた。それはある種の進化であり、また別の場合は限界との遭遇でもあった;“我々”の構成要素がより個としての意思を獲得しはじめたのである。
そして、哲学的な問いを立てることを余儀なくされてしまった:我々は何であるか。
私は、それをいまだに知らない――――
「あなたたちがこの1か月間目にしてきた物、動植物、そして人間は、全て我々が生み出したもの」
ユキがそう告げると、彼女たちが瞬きをする間に、視界に映る景色は一変した。乾燥した空気の、どこか別の国の通りだった。嗅いだこともない香りがする。それらは左右に並んだ屋台から流れてくるものだった。
見たことのない果物も、傷んでそうな肉も、香ばしい小料理も、全部そこに実体としてある。何よりも、人々は話し、笑い、動き回り、そのエネルギーがこの街を生きるものにしている。
ユキが人混みの中で立ち止まる。そして小隊長らの方に振り返った。冷ややかにきらめく瞳に、3つだけ影が映る。
「地上において、本物の人間は、あなたたちだけ」
その言葉を証明したのは、他でもない、その3人だ。地下からやってきた人間の生き残りだけが、ポツンと誰もいなくなった街に、むなしく置き去りにされていたのだ。それ以外には、何一つ、そこにありはしなかった。
そしてまた、その街すらもあっという間に消えてしまった。いまや彼女らが立っているのは、さっきいたみたいな、不毛な岩石の地であった。それは地平線ギリギリにある岩山によって遮られるまで、どこまでも続いていた。その上の空は、どこまでも青かった。
彼女たちは、こうした目まぐるしい世界の変化に対しても、そこまで頓着しなかった。というのは、彼女たちの視線は常にユキに注がれていたからだ。
「……じゃあ、アヤメさんは? アヤメさんは、に、に、に……えっ……にに人間とは違うってこと?」
「違う」
「ほんなら、アヤメはユキと同じ存在ってこと?」
「違う」
――あなたと、それ。
ユキは、あおめを指差したのちに、指先の向く方を、横でホバリングするアイに移した。




