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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
24/40

第24話


「あれ? なんやこれ」


 静かだった。テレビの画面には何も表示されず、スクリーンには3人の並んでいるのがぼんやりと映っているだけだった。チャンネルをポチポチと変えてみても、変わることはない。

 山奥だから電波が届きにくいのだろうかとも思ったが、映像に度々ノイズが走ることはあっても、かように全く映らない、受信すらしないというのは、今まで無かった。


「壊れてるのか?」


「かもしんないっす」


 じゃあラジオを聴いてみよう。えいらはそう提案し、隅の棚に置いてあったのを取ってきた。非常に簡素な作りをしているそれは、あやめが中学生の時に授業で作ったものらしい。

 大きなつまみが2つあって、それぞれ音量と周波数の変更に使うもので、FM/AMの切り替えスイッチがある以外には、それしか操作するところがない。


 ――――ラジオは、地下にもある。だが、地上のものは、それとは大きく異なる。

 かつて我々がラジオに耳を傾けたのは、お上のありがたい言葉を聞くためか、そうでなければ裁判実況であった(悪辣な罪状の読み上げから処刑までのスピーディーな進行は、軽微なカタルシスの欲求には適していた)。


 一方で、アヤメの家で聞いたラジオは、全てにおいて違うものだった。明るい音楽に満ち溢れ、人々は心を弾ませながら語り、時にそれは聴いている者との相互作用によっても作り出された。

 何を言っているか分からないことのほうが多かったけれど、雰囲気だけでも楽しめた――――


 ノブを端から端まで、ぐるーっと回してみる。中心角270度ほどの扇形を描いたところで、端っこまで到達するが、変わりはない。音量を大きくして、つまみを、今度は逆方向に回していく。アンテナもピンと伸ばしてみる。


 何をしようとも、小さなスピーカーからは、何も音は聞こえない。ホワイトノイズすら、微かにもならなかった。


「壊れたのか?」


「た、たぶん……」


「――壊れてはいない。最初からそれは電波を受信しない」


「そうなの?」


 と思わず聞き返してから、えいらは慌てて、少しのけぞったりしてキョロキョロとリビングを見渡した。他の2人も同じようにしたので、どうやらそれは幻聴ではないらしいことが分かる。


「し、し、小隊長ですか? いま話したのって」


「いや、私じゃない」


「えっ? 私でもないっすよ?」


 ん?とお互い顔を見る。

 ふと一斉にリビングの扉を見た。先ほど閉めたはずのそれが、開いている。

 そこには、1人の人物が立っていた。


「あ――ユキ?」


 彼女たちの静かなる驚きを受けて、ユキは、1つ瞬きをした。


 短い黒髪に、それと対照的な白い肌。Tシャツと短パンという実にありふれた格好で、他に何か着ているのは滅多に見たことがない。


 確か、あやめの親戚の子で、夏の間は預けられているとかなんとか、そんな感じだった気がする。


 ――――彼女は、影が薄かったわけではない。むしろ、余りあるその沈黙の異質さによって、もし視界に一度でも入ったら、その存在に目を向けないわけにはいかないはずだった。

 だが、実際のところ、我々はその時までユキの存在に気が付かなかったし、ユキ自体についても頭の奥の方に押し込んで、すっかり忘れてしまっていたらしかった――――


「えーと、久しぶりだな」


 ソファから立ち上がって、そう声をかける。

 うん、と頷く細身の子。


「さっきまでどこいたの? 家じゅう見たんだけど……」


 あおめがそう問うと、彼女はそれには答えなかったが、瞬きをぱちくりとしてみせた。表情で語っているのかと凝視するが、その顔や仕草からは何一つ読み取ることはできない。


「よ、よかった、ユキちゃんがいて。アヤメさんがどこに行ったか知ってる?」


「知っている」


 えいらからの質問に、いくらかの間も置かずに答えた。それは、居ないということではなく、どこに行ったかが分からないというそのことによって不安を感じていた彼女たちを、安堵させるのに十分な回答だった。

 ずっと同じ所に立ったままリビングに入ってこようとしないので、小隊長らは自らユキの方へ近づいていく。靴下の、汗でちょっと濡れてるのが、ほんのわずかに床とこすれる。

 ユキとの距離がゆっくり縮まる。


「どこに行ったんだ?」


「――どこにも」


 何気ない問いへの、短い言葉。

 ぴたりと3つの歩みが止まる。誰もが表情を曇らせた。先ほどの安心が偽りであったことにただちに気がついたのだ。


「……どこにも? じゃあどこにいるのさ。いなかったんだけど」


「消えた」


「消えた?」と、重なる3人の声。

 世界を淡々と見つめる少女は、静かに瞬いた。

 人間の兵士たちは、並々ならぬ恐れを覚えた。それというのは、それが何か人間を超越した存在であるかのように感じ――――いや、そう述べるのは実のところ正しくない。私が、そして恐らくは我々全員がこの時に感じていたのは、我々の誰よりもひ弱なこの1人の子供を通して、その背後にある世界の意志の総体と対峙しているという感覚だった。

 それは不思議な感じだったから、それ以上の説明はしがたい。ただただ我々は圧倒されていた。それなので、あまり喋らなかった――――


 ユキはわずかな口の動きで声を発する。小さいけれど、耳によく届いた。


「――そう、消えた。世界から人間は、消えた」


 その言葉は、どこまでも純粋な観察者としてのものだった。


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