第22話
暗がりから、ひとまず外に出る。木からおこぼれの光をもらう。
小屋の壁にもたれるようにして、座り込んだ。
もしかした開くかもと思って、外にいながらも、常に小屋の中の動きに、耳を傾けた。しかし、完全に諦めるその最後の時まで、物音ひとつすることはなかった。どれくらい待ったかというと、丸一日だった。
もはや開くことは無いと思われた。
「任務は失敗した」
これからどうすればいいのか、よく分からなかった。
――雨が降ってきた。山の中は、昼とも夜ともつかない、どんよりとした暗さだ。
「……ししし、小隊長、こっ、こ、こ……こ、こっ……小屋の中に入りましょう」
「そうだな……」
皆が重たい腰を上げる。中は埃っぽいし狭いしであまりいたくはないのだが、この降りようでは、木の下にいるわけにはいかなかった。
外に器を置いて水を溜める。
雨粒が枝葉を打つ。それが地面に落ちる。水たまりがあちこちにできてゆく。その水面には、いくつもの波紋が立ち現れては、重なり合い、絶えることがなかった。
あれだけセミの声でうるさかった山は、激しい雨音がありながらも、静まり返ってしまったかのようである。
「ねえ、2人とも」
小隊長が弱々しく呼びかける。水の滴る音に今にもかき消されそうだった。
「……どうしたんすか?」
2人の部下は、顔を上げたが、それでもなお何かに上から押さえつけられているみたいだった。
小隊長は、独り言のように口にする。
「――ごめんね」
皆、その言葉に、ただ沈黙で返すのみかと思われた。
長い間があったのち、
「それは言うたらあかん」
あおめが力を振り絞るようにして言う。雨のホワイトノイズに、ほとんど飲み込まれていた。
頭の中に様々な言葉が駆け巡ったにせよ、最終的に出てきたのはそれだけだった。
――――思い出して書いてみい言れわてもやな、なんやこの辺のことわよう覚えてへん、漁師んとこの娘があほ抜かしよつたから、なに言うてんねんとは思たけど。またなんや呆けたこと言うとるわゆう感じで、あやまつてほしいとわ一つも思てへんかつたわ。だつて、あの時、あんたについていく言うたんわ私うやから、なにをあやまることがあんねんな。そないけつたいなこと抜かすひまあつたら、さつさと金もちになつて、うちらにどぐされ金の一つでもよこさんかい。
だいすき←これぜつたい消すな
あおめ
補足:字・言葉遣い・文章のいずれもが乱れており、理解が困難な箇所もあるが、執筆者を尊重して清書および改稿はしないでおく。寄稿をどうもありがとう――――
夜になった。
雨はいつの間にか止んでいた。代わりに、無数の虫たちが雨上がりの大合唱を始めたので、山は常に音で満たされていた。
3人がライトをつけないので、全くの暗闇であった。また、仮に明かりがついていようとも、彼女たちは漆黒ともいうべき黒装束に、文字通り頭のてっぺんから足の先までを包んでいたので、その表情を見ることはかなわなかっただろう。
小屋の中、身動きする者はいない。
――――我々がすべきことは、非常に単純だった。それには、緻密な戦略も、必勝の戦術も、上官からの命令も、もうこの時には要らなかった。
ただ受け入れればよかったのだ。
そして、それこそが難しかったのである――――
誰しもが黙り込んでいた。
自然が作り出す騒音が、彼女らの耳を塞いでいた;突然それがピタッとやんで、はたと静寂に囚われたので、皆いっせいに周囲を見た。
例えば森を支配する捕食者が現れると、それまで盛んに鳴いていた虫は一斉に黙り込む。
何かが起こらないと、何かが現れないと、彼らは黙らない。そしてその何かは、えてして歓迎されるものではない。
「なんだ……?」
不自然な沈黙に身構える3人であったが、何も起こらない。やがて、虫たちも平穏を取り戻して、再び歌いはじめた。
何だったのだろうか。何らかの肉食動物が近くに来たのだろうか。
「み、見てきますか?」
「……いや、いい」
結局、それが何だったのかは分からなかったけれど、それをきっかけにして、彼女たちにほんの少しばかり活力が戻った。ようやくこの我慢ならぬ暑さに対して行動を起こす気になれた。暑苦しいヘルメットやマスクは外してしまう。首のところがちょっと外の気に触れて、涼しく感じた。ふぅ、と一息つく。
それから、小隊長は目を瞑って、しばらく考えた。十数秒が経った後、目を開いた。
「行こう…………アヤメの家に」
その一言は、おそらく、他二人が実のところ待ちわびていたものに違いなかった。ただ、彼女ら自身、その故郷との決別に踏ん切りがついていなかったので、素直に反応できたわけではなかった。
だから、まだ彼女らの中では、あやめの家に行くことは、依然として仮住まいを求めることを意味していた。
それは、彼女たちの足取りの重さにも現れていた。雨上がりの山、ぬかるみが彼女たちを引き止めんと足にまとわりついた。
かつて軽々と登頂した山は、いまやはるか上まで無限に続いているかのように思える。晴れ渡った天球にいくら星が輝いていようとも、今の彼女たちには、それらは無いに等しい。
1日の太陽のサイクルがいくらか繰り返されたのち、あやめの家に戻ってきた。




