第21話
さておき、3人たちは何事も無く、あのエレベータのところまで戻ってくることができた。行くときにあおめが蹴破った扉は、その小屋の前、あの時と変わらない位置にいる。中に入ると、この1か月の間、動物が侵入したのか、糞や食べ物のカスが見られる。隅にある机、そして天井の隅には、真新しい蜘蛛の巣もかけられている。
しかしながら、もはや閉ざされてはいないにも関わらず、相も変わらず古びた空気で満ちていた。
彼女らの背後から入ってくる光で、エレベータの扉にうっすらと影ができる。
不思議な感情になった。これまでの30日間を思えば感慨深くもあったし、これからのことを思えば少し不安にも思った。あやめと会えなくなるのは寂しかったし、地下の仲間とまた会えるのは嬉しかった。
「残り:1分です」
アイが告げる。
それからは、誰も喋らなかった。ただ、その時を待った。
「残り:10秒です」
たった10秒だが、ただの10秒ではない。これまでの720時間すべてを背負った、重い10秒だ。
兵士らは、黙って顔を見合わせる。訳も無く、ドキドキしてくる。それは、ひょっとすると、もしかしたらこのエレベータは開かないのではないか、という未来を想像してしまったからかもしれない。そんなことになるはずがないのは理解していても、少しでもよぎってしまうと、体は反応してしまうらしい――誰も、それが現実になるとは考えなかった。
「――残り:0秒。偵察任務、お疲れさまでした」
アイが、そのフィナーレにふさわしいねぎらいの言葉とともに、長い旅の終わりを告げた。
全員が姿勢を正した。後は、開くだけ。
そう、開くだけ。開くだけだ。
待った。
「………」
開かない。
待った。
「………………」
……開かない。
「………」
彼女らは、予想外の出来事に対して、しばし無言を貫いた。アイが間違っているのかと思い、尋ねた。かなり前に日付の調整をしたので、その際に時間もずれてしまったのではないか、と。
しかし、タイマーは最初にセットされた時から狂いなく動き続けていた、と空飛ぶ球体は言う。
「では、なぜ開かないんだ? 早すぎたのか? 遅れたのか?」
「いえ、お三方は時間ぴったりにここに待機していました」
冷静にアイは答える。
「ではなぜ開かない?!」
混乱する小隊長に、なおも落ち着き払った調子で答える。誰もが、アイの言葉に真実が含まれているかもしれないと考えながら、耳を傾けた。
「2つの理由が考えられます――」
その1:当初の仮説「エレベータは、過去と未来、および2つのパラレルワールドという、別の時空を結び付ける役割をしているから、30日という時間も共有している」がそもそも間違っていた。
その2:なんらかの問題が地下都市の方で発生し、遅れが出ている、もしくはエレベータの操作が不可能になった。
「その1に関しては、その可能性を否定することができます」
すなわち、アイの立場としては、その2こそが理由であると言いたいのだろう。
「な、な、なんでその1は違うと言えるの?」
えいらが問う。アイは空中で静止したまま、自身が持っているデータから導き出した残酷な推測を述べた。
「なぜならば、ここは過去でもなければ、違う世界線でもないからです」
一斉に口を挟もうとした彼女らに被せるように、矢継ぎ早に説明を繰り出す。
「確かに、ここには1世紀以上前の人々の生活が存在しています。それは、ちょうど100年前に破壊され、失われてしまったはずのものです。その事象は、通俗的には、タイムスリップと呼ばれます。また、起こるはずだった大災害を免れ、あるはずだった100年前の日常が存在しています」
だが、アイは以下の事実をデータとして得た:暦の大きなずれ・地形の変化・存在しないインターネット。
「地下都市と地上の日付の間には、約24日のずれが存在しました。しかし、ここ30日で観測した日の出・日の入りの時刻は、調整前のカレンダーに一致していました」
あの日見た夏の夕焼け。あれは、もしあやめが依拠するカレンダーに従うのならば、19時と4分の1に沈むはずだった。しかし、実際は午後7時の直前になって太陽は完全に消えてしまった。年ごとに若干の違いはあるにしても、それが15分ともなると、誤差で済ますことはできない。
「また、100年前の時点では存在していなかった地表地震断層が、ここから南に約100kmの地点で観測されました。これは、50年前に起こった地震の震源地とおおよそ一致します。このことによって、違う世界線であることについても否定できます」
彼女たちが生まれるずいぶん前の話だ。大きな地震があって、地下都市の中がひっちゃかめっちゃかになったとは、彼女らも聞いたことがある。
「そして、地上において、一切の電波が検知されませんでした。この世界にはスマートフォンやパソコンといった電子機器が存在していましたが、いかなる手段によってもそのインターネットにアクセスすることはできませんでした。そもそもそれは100年前に失われて以降、地上に限っては存在していないと考えられます」
アイがあまりにつらつらと説明するので、それらの情報を飲み込むのに、3人はしばらくの時間が必要だった。
そして、ひとまずは言っている内容を理解した小隊長が、当たり前の疑問を口にした。
「じゃあ、あのお菓子は? 街は? あやめは?! 一体なんだって言うんだ?」
「分かりません」
「あれが過去でもパラレルワールドでも無かったら、なんで100年前に消えたはずの文明がまだ存在してるんだ? 何も起こらなかったみたいに!」
「分かりません」
「なんで――」
興奮しはじめた中尉の肩に、手が置かれる。あおめが、彼女を落ち着かせようとする。
「小隊長。今はいいでしょう。それよりも、なんでこのエレベータが動かないか、それを先に考えないと」
「……そうだな」
いくらか冷静さを取り戻す。解決されなければならない疑問は山ほどあるが、それは地下に帰ってからでもできる。そう、まずは帰らねばならない。地下にこの情報を持ち帰り、軍の頭脳を結集させ、それによって解き明かさねばならない。
「アイ、その2について、お前の考えを聞かせてくれ」
「はい、かしこまりました」
空飛ぶ人工知能は、声の調子を1つも変えることなく、淡々と告げる。
「今のところ、正確な原因を断定することはできません。可能性の1つとして考えられるのは、地下側で何らかの障害が発生し、それがエレベータの制御または安全機構に影響を与えているという仮説です。それ以外にも、諸事情により地下の人々が偶発的もしくは意図的にエレベータの操作を放棄した可能性もあります。ただし、これらはあくまで憶測の域を出ません」
あおめが、銃を床に置いた。
扉の真正面に立ち、それをこじ開けようとする。しかし、どれだけ力を指先に込めようとも、グローブを脱ごうとも、境目が分からないくらいぴっちり閉じられていて、どうにもできない。
分厚い金属の扉を蹴り出すあおめ。
「おりゃぁっ!」
渾身の蹴りであるが、それで開くことはなかった。大きな岩を蹴りつけているみたいに、まるで手ごたえが無かった。短い振動が、ゴッ、とかすかに鳴るだけであった。
それでも、蹴り続ける。
「やめようよっ」
すがりつくようにして、えいらが制止する。
「なんで? もしかしたら開くかもしれないのに!」
彼女を振り払おうとする。
その乱暴な振る舞いは、友に対してであれ同僚に対してであれ、適切な態度とは言えなかった。
「あ、ごめん……えいら」
――3人とも、このことについて考え直す必要があった。




