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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
20/40

第20話


 それからは、たぶん、田舎に預けられた子供の夏休みと同じように時間が過ぎていった。30日間というタイムリミットだけはたまに意識しつつ、目の前のことに向き合った。


 毎日新しい発見があって、そのために、一日一日が長くて、充実したものだった。

 ある時は、都会に行った。何度か行って、その度に違うことをした;電車にも乗ってみたし、高いビルのてっぺんまで上がって、その屋上で食事もした。百貨店で赴くままにショッピングもさせてもらった。


 またある日は、虫取りをすべく森の中を駆け回った(食の楽しみが彼女らにはあったことを述べておく)。

 花火は、彼女らには何らかの攻撃にしか聞こえなかったので、庭で線香花火を楽しんだ。それで十分だった。


 なお、いずれもあやめの休日の話だが、彼女が働いていて家にいない平日であっても、家の周りでできることで最大限に楽しんだ。


 特筆すべきことは、彼女らが100年前の言語を、あやめとの絶え間ない実践によって、驚くべき早さで習得していったことである。言語的につながりがあるのは間違いなかったから、あやめというネイティブによる直接指導と、アイという通訳者の補助があったので、学習は大した労力を要さなかったらしい。

 約束の期限まで半ばを過ぎたあたりになると、発音やアクセント、語彙、そして若干のコロケーションの問題はありつつ、アイを通さずとも意思疎通が可能になっていた。

 そして、あやめもまた、そうした指導を通じて100年後の言語状況を把握できたので、使えずとも、おおまかには聴いて理解することができるようになった。


「ル、ル、ル……アヤメさん。お、おぉっ……お皿洗いまスよ、私ガ」


「お、サンキュ」


 ――以後、特に断りがなければ、3人とあやめの間の会話は、未来人たちが過去へ歩み寄る形で行われている。


 それで、遠回りをせずに直接やり取りができるようになると、その二者間の会話は、必然的に増えていった。それはすなわち、盛んな情報交換による関係の緊密化であった。


 彼女たちにとって、あやめとは先達であり、師であったが、それ以上に友であった。

 はじめ、彼女らのそれは、甘いものと武力提供という(実のところ一方的な)互恵関係であったが、出会ってから20日が経過する頃には、そういうのは大して関係なくなっていた。


 兵士としての諸々の装備や武器は、いつしか部屋の隅に収納されてしまった。最低限のトレーニングは続けているものの、それはかつての比ではない。


 あたかも、ひたすらに遊んでいたかのような書き方をしてしまったが、実は、彼女らは同時に仕事もこなしていた。情報収集である。

 遠出をするとなったらアイを家に置いたことは無かった。常にそばに連れていた。それというのは、地形調査のためである。

 インターネットへの、アイの接続による大量のデータ収集も、粘り強く何度も試行したが、どういうわけか、アイは一度も接続することができなかった。


 ところで、こうして彼女たちの夏休みを端折って述べたのは、それは単に、書くに値しないからである。

 彼女たちにとっては、毎日が刺激に溢れ、充実していたには違いない。しかし、日記に書くには十分であるにしろ、それらを物語の起伏とするには、いささか出来事の劇的さには欠けてしまう。故に、ドラマティックとなりがちな、別れの場面まで一気に飛ばしてしまおうというのである――


 終わりの始まりは、アイが


「ここから元の場所までの距離を考えると、今日の昼には出発する必要があります」


 と告げた時である。そのことを薄々知っていた3人は、てきぱきと旅立ちの準備を始めた。名残惜しくはあったけれども、同時に、心残りも無い気がした。太陽の真下、玄関先に並ぶ。後はヘルメットとマスクを被ったら、この保護者と初めて出会った時に逆戻りだ。

 1つ大きく変わったのは、病弱さを感じさせるほど白かった顔の、こんがり日焼けしてしまって、同じ人物とは思えないほどになっていることである。小学生を思わせる焼け方だ。


「お前ら、帰るのか」


「うン」


 久しぶりに兵士としての装備を身に着けた小隊長が、頷く。とても重く感じた。

 かつて彼女たちに組み伏せられた家主は、玄関の扉にもたれかかったまま、彼女らと穏やかに相対した。


「そっか」


 あやめは、微笑んだ。


「寂しくなるな」


 両親を以前に亡くし1人で暮らしていたという彼女は、騒がしくなった家が、大変なことはありつつも、きっと好きだったのかもしれない。

 3人はその顔を見て、別れを心から惜しんでくれる友人であることを、改めて知った。それは、かけがえのない存在だ。


「もうお前らとは二度と会えないってことだろ? はぁー、マジかー」


 そう言って、彼女は笑う。しんみりする別れは、嫌いなのだろう。なれば、自分たちも、明るくいこうと思う。


「もしかしたら、こっちの未来でもアヤメが生きてて、また会えるかもしれないッす!」


「てことは125歳か? ……うん、そっちのハードモードの私にも頑張れって言っておくわ。もしほんとにいたら、よろしくな」


「あ、あの」


「ん、どした?」


 少し控えめな女の子に、彼女は丁寧に向き合った。


「あ、ああっあ、あ……ああ、あありがトうございまシた。お…………お世話になりまシた」


「おう。こっちこそ、楽しかったぜ」


 ――3人は、ヘルメットを付けた。固いマスクも着けた。それはいよいよの別れを告げるものであった。あやめにも、太陽にも。


「――――じゃあな」


 あやめのその言葉を合図に、背を向ける。地面を踏みしめる3つの足音が、家から遠ざかっていく。それは、今生の別れにしては、随分とあっさりしたものだったに違いない。


 あやめは、玄関先に座り込んだ。煙草を手に持ったが、火はつけなかった。


「楽しかったよ! ありがとう!」


 と小隊長が叫ぶのが山から響いてきて、それっきりセミの声しか聞こえなくなっても、ずっとずっと、座っていた。優しい目で、空を見ていた。その顔は、わずかに微笑んでいた。


 ――その隣には、少女が佇んでいる。見るだけで涼しくなるような、澄んだ目をしていた。

 

 一体何を見ているのだろうか。


 彼女は、名をユキといった。



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