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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
19/40

第19話


 風速30m/sの真っ赤な軽自動車は、その速度にもかかわらず、危なげなく進んでいく。

 あやめは、自分のメモリにある地図と照らし合わせて、そろそろ目的地が近いことを知っていた。


「おいAIさんよ、ちょっと通訳してくんねーか」


「はい」


 音楽を止めて、アイが「いつでもどうぞ」と促す。あやめは、外を横目でちらっと見た。


「こっからさ、お前らぎゅって目つぶっとけ。絶対開けんなよ」

 《これより、目をきつく閉じよ。絶対に開けるなよ》


 言われたとおりにギュッと目を閉じる、従順な兵士たち。なんだか、エンジン音や風を切る音に包み込まれるような感覚になった。


「えいら、こっちに顔向けてみ」


「な、なに?」


「あ、目うっすら開いてんじゃん。ダメなのに。怒られるよ」


「ひ、ひっひ、開いてないよっ。ていうか、そんな風に言うってことは、あっ………ああ、あおめちゃんは開いてるってことじゃん!」


「さあ? 開いてるかどうかは、えいらが見てみないと分からないよ?」


「も、もうそういうのには騙されないし。もう分かってるもん」


 とか言いあいつつ、同時にまぶたをうっすら開けて、しっかり目が合ったので、笑い合う2人。

 本人たちしか楽しくないような(間に挟まれたユキは、ただ前を見据え、無表情であった)、そんな時間を過ごしていると、車は、海を一望する橋を渡り終わり、そうするとすぐに高速道路を降りた。海辺の駐車場に着いたのは、それからややあってのことだ。


 あやめは3人に、目を開けることを許可した。車から降りる。潮の匂いがした。


「………………………」


 そこで見た景色というのは、彼女たちの言葉を失わせるのに十分な偉大さを持っていた。


 ――――それは海だった。

 空とそれの間には、一本の細くて薄い線が引かれていて、それがなければ、くっついてしまいそうだった。


 いまだに、あれが全て水であることが信じられない。地底湖に潜む小さなエビ――いや、もっと小さい。もっとだ。小指の爪の先よりうんと小さい小虫が、地底湖の水際に立ったとき、ああいう気持ちになっていたのだろうか。

 自分の住む世界があまりにも大きいことに気がついてしまう、あの感覚。星を眺めた時と、同じだった。


 そしてまた、海辺で遊ぶ人々の熱気にも驚かされた。カラフルな水着、日焼けした肌、馬鹿笑いする声。

 肉付きが良い者が多く、少なくない女は、上層部のセックスロボットみたいにとても豊満な体で、あれが当たり前のように存在する100年前の栄養事情が、羨ましい。


 いくらか戸惑っていると、アヤメが、彼女らと同じような(といってもいくらか露出は少なかったが)水着を買ってきてくれた。

 私たちのような、いかにも下層出身の軍人の体型をしている者はおらず、少し恥ずかしさを覚えたが、アヤメは「似合ってる」と述べてくれた。どこか疎外感を感じる中、彼女の存在を非常に頼もしく思ったのは、おかしなことではない。

 彼女は、またもや白い液体を我々の体に塗りたくってきた。本当にこれで日が防げるのか。


 それから、「ウミノイエ」なる開放的な食堂で食事をしたり、波に抗ってみたり、形の覚えが良い砂で遊んだり、とにかく色んなことをした。アヤメを大きな傘の下から引っ張り出すのには苦労したが、最終的には一緒に遊んでくれた。川でやったみたいに水をかけたら、目に染みたみたいで、ワーワー怒られたが。

 海の水が地下にもあれば、塩分不足も解決できるのに。


 けつたいな日記やなあ


 ↑人の私小説に勝手に書き込むヤツがいたので、その愚行を消さずに残しておくことにする――――


 昼を過ぎてから海を訪れた一行には、すぐに夕暮れの時が訪れた。あれほど多くいた人間は、どんどんと姿を減らし、いつの間にか、4人とユキになった。他には、犬を引き連れて砂浜を歩くのが遠くに見える程度だ。


 風が吹き、あやめの長い髪が揺れる。


 波が、彼女らの足元まで這いつくばって、届かない手を最後まで伸ばしながら、次に来る波の下へひきずりこまれていく。それが繰り返される。


 シャワーを浴び、水着も着替え、もう帰る準備はできていたが、あやめがこれを見させた。


 日が沈んでいく。太陽それ自体は、ずいぶん端の方にある。

 空は、燃えるような赤ではなかった。淡いオレンジでもなかった。ただともしびが徐々にほの暗くなっていくようであった。


 その時、彼女たちは、朝と昼と夜が、スイッチで切り替えられるものでも、時計の針で区切られているものでもなく、繋がった一つの世界のありさまであることを、完全に理解した。この星に生きる限り、人間はそれから離れて生きるわけにはいかないことも、分かった。


 “生きている”気がした。


「バカヤロー、って叫んでみ」

 《バカヤローと叫んでみ》


「バケアオウ?」


「おう、それでいいよ。叫んでみ、海に」

 《叫べ、大海へ》


 そしたら、3人が一気に息を溜めはじめて、微妙にバラバラのタイミングで各々「バケアオーウ!!!」と大声を出した。

 それから、彼女らは車へ戻った。これまでに感じたことがない充足感と、誰にもごまかす必要のない疲労感は、気分が良かった。


 ただ、アイだけは、何らかのエラーが発生してしまっていたようで、人の心があるならば、穏やかな心境ではなかっただろう。


「報告:本日の日の入り時刻が、修正前のものと一致し――」


「アイ、そんな報告要らんぞ。静かにしてくれ」


 3人は、車に揺られて、既にうとうとしはじめていた。


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