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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
18/40

第18話


 夏の陽射しは、昼が近づくといよいよ熱光線であるかのように思われる。肌がジリジリと痛み、ずっと浴びていると、発火してしまいそうだ。これを用いて実際に敵を燃やしてやろうと地中海の学者が思いついたのも、不思議な話ではない。


 3人はと言えば、縁側に腰かけて、小さく切られたスイカを頬張っていた。たっぷりの日焼け止めは、その手足を更に白く光らせている。


「スイカ、おかわりいるかー?」

 《スイカの追加いりますか》


 あやめがリビングから呼びかける。

 独りで暮らしていると、スイカというのは手に余ることが多い。そうしてほとんど無尽蔵の供給を受けている彼女らは、おそらくそれの底が尽きるまで、お喋りを続けるだろうと思われた。お話の相手は、大家の親戚であり、中学生だというユキである。相互的な会話というよりかは、ユキにあれやこれやと質問して、二言三言答えてもらうというインタビュー形式であった。


「――ユ、ユキちゃんのほうはさ、どんな感じなの? 中学生って、何してるの?」


「勉強、または課外活動」


「えっ、え、え、えと、それは、どんなことしてるの?」


「どんな、とは」


「え? うーん……」


 見た目からすると、えいらと同い年かそれより少し下にも見えるのだが、話しているとどうにもそうは感じられない。なにか妙だなと思っていたら、分かった;司令官だ。彼女と話していると、あの老齢の上官の感じを思い出させる。その際は、司令官と兵士という、互いにある種の装置として対峙するから、それに私的な感情がにじみにくいのは仕方ないことだ。だが、ユキはただの同世代の友達で、自分たちもあくまで「自分たち」として接している。それで、そこで生まれる期待と実際とにギャップがあるので、違和感を感じたのだろう。


「ふぅー。お前ら、あんまユキを困らせんなよ」

 《とてもユキに迷惑かけるなヨ》


 朝食の洗い物と台所の掃除を終えた25歳が、彼女らの横に腰掛けて、一息ついた。リビングから漏れ出る冷気を背に浴びる。


 そういや、とあやめ。


「お前ら、いつ帰るんだ?」

 《いつ帰るの?》


「30日後」

 《サンジュー日後》


 あやめの横、あおめが答えた。


「マジかよ。別に良いけどさ。つーか帰り方分かんのかよ。未来から来たんだろ?」

 《全然オッケーです。それで、帰る方法は分かりますか》


 あやめの反対側、えいらが答える。


「いい、い……いち一応」

 《一応》


「じゃあさ、この30日の間、何するつもりなんだ?」

 《では問おう。この30日間、何を為す?》


 これまでの傾向から、3人はおおよそ順繰りに喋ることが分かっているのか、あやめは小隊長の方を見た。


「うーん、なんだろうな。実は、何すればいいのか、私たちも分かっていないんだ」

 《実のところ、何ヲすればよいかは分かっておりません》


 そう述べる小隊長の声色は、きっと、軍人のものではなくて17の子供の声だった。


「そっか…………」


 庭の木に視線を移して、相槌をうった。そのまま静かな時間が始まるかと思われたが、それを遮るようにしてあやめがまた口を開いた。


「なあ、お前の世界線ではさ、お前らみたいな女の子も、みんな戦うのか?」

 《お前らの世界、あなたのような女も、みな戦うか》


 足先だけ縁側に残して、リビングのほうにビョーンと寝転がりながら、尋ねた。


 それ以降彼女がしたのは、未来からやってきた少年兵たちの、どんどん脱線していく話に、アイが天井に映す字幕を見ながら、黙って耳を傾けることだけだった。


「分からない。戦わないなら、戦わないなりの生き方はあるだろうし」


「でも私たちみたいな35層以下の人間だったら、だいたい兵士なんじゃないっすかね」


「お、お親がいる子は、そんなことないと思うけど」


 3人とも、あやめを見倣って、仰向けに寝転がる。4本の線が平行に並んだ。


「あ、そういえば、小隊長のお姉さんって今なにしてるんですか?」


「姉は、手紙によれば、下層の方で最近、労働あっせんを始めたらしい」


「い、い、違法じゃないですか?」


「まあ、あの人だから、仕方ない」


 という風に、分かれ道を適当に選んで進んでいくみたいに、どんどん逸れていくのだけれど、話の中に戦争が現れるたび、それは現代人の顔をしかめさせた――――信じるというのか?


 リビングに置かれている、人を殺すためだけの道具の数々。水遊びをする彼女らの体についていた無数の傷。必要以上に削がれた肉づき。聞きなれない物音には過剰なまでに反応し、その割には恐怖が無い。目は常に警戒しているか、諦めているか、あるいは何も見ていない。抑圧されてきた人間というのは、そういう目になるに違いなかった。本人たちはそんなつもりはなくて、きっと楽しく生きているつもりだが、喜怒哀楽に外から設けられた閾値の存在がちらつくのは、あやめの生きる時代では、並みのことではない。


「よし、だらけるのはこのへんにしよう。任務に戻らねば」


「っす」


「はいっ」


 スイッチをパっと切り替えたように、すっと立って、自分たちの装備のもとへ向かう。着替えるためだ。


 あやめは、それを引き止めるかのように、急に立ち上がった。3人の視線を一斉に浴びる。世話焼きな女は、彼女らを安心させるかのような微笑みをうかべた。


「イーラ、トゥニアン、エイオム」


 順番に、えいら、小隊長、あおめと言っている。あやめの耳で直接聞き取った彼女たちの名前だ。3人は、急になんだろうと思って、その顔をじっと見つめた。その口から何が発されるかは、心を読むことはできないから、待たなければならなかった。


「遊ぶぞ。いっぱい」

 《遊ぶぞ。いっぱい》


 3人の女の子は、顔を見合わせる。小隊長が戸惑いながら、答えた。


「でも、もう充分遊んだが」

 《遊びはおしまい》


 あやめは首を横に振って、繰り返す。


「遊ぶぞ。もっといっぱい! 川遊びなんか遊びじゃねぇ。もっとだ!」


 ――そんなことをのたまってしまった彼女の休日は、途端に、もっと騒がしいものになった。


「まずはお前ら、夏といったらどこに行くか分かるな?」

 《まず、夏といえばどこに行くか知っているか?》


「前線?」


「海に決まってんだろがボケ! 今すぐ行くぞ! 車乗れ車!」


 なんだかよく分からないが、とにかくあやめの行くままに付いていって、軽自動車に乗り込む。のほほんとした顔で、丸みを帯びた形の車は、やけどしそうなくらいに熱くなっている。開けると、むわっと熱気がこもっているのが出てきた。


「アヤメ、我々はどこへ向かっているんだ?」


「出発すんぞ! シートベルト!」


 助手席のシートベルトに手を伸ばし、小隊長のかわりに装着してやる。それを見て、後部座席のあおめとえいらはすぐさまにそれが安全装置であることを理解したので、見よう見まねでそれを引っ張り出して、つけようとする。何度かの試行のあと、無事に装着を完了した。真ん中に座らされたユキも、左右の2人に押しつぶされて窮屈そうにしながらも、シートベルトはきちんとつけた。

 そのことを確認した運転手は、エンジンをつけた。車内が、振動音とエアコンの風で騒々しくなる。


「うお~これがあの車!」


「なんか、よ、よ、よ酔っちゃいそう」


 車が、ぐいんと前進する。足元の砂利をぐりぐりと踏みつけながら、タイヤが左のほうへ向く。車が舗装されていない道を、ガタガタっと揺れながら、走る。どこまで行こうとも、壁に当たることなど無い。グイグイ進んでいく。


「音楽を再生しまスか?」


 四つ足を出してダッシュボードに着陸したアイが、提案する。


「いいね。100年後の音楽聞かせてくれよ」


「かしこまりました。アオメさんが作成したプレイリストを再生いたしマす」


 アイが、あまり良くはない音質で、曲を流しはじめた。


「あれ、これ知ってんぞ」


 ちょうどあやめの時代にリリースされた曲であった。口ずさむ。


「え、知ってるん? 歌ってや歌ってや! ネイティブ発音で歌ってや!」


 あおめがワーワー騒いで、拙い発音で歌い始める。えいらも小隊長も歌い出した。

 旧文明から受け継がれた音楽で、実際の曲の演奏がデータ等で残っているのはごくわずかであり、地下世界の人々はそういうのを行き過ぎなくらい大事にしてきた。そのため、それが何を言っているかはよく分からないが、耳で覚えているので、そらで歌えるのだ。


「音楽は時代も超えちまうんだなあ」


 とか言って、あやめも歌う。ユキはただ黙ってその騒がしさに耳を傾けていた。

 さて、車は舗装された道に出て、車線が増えて、あっという間に山を出た。

 世界が、一気に灰色になっていく。というと悪く聞こえるが、3人には、それはあまりにも鮮やかな変化に映った。

 太陽の下にコンクリートが輝くのを、かつて見たことはなかった。

 すれ違う全ての車に、人が乗っている。たったそれだけのことが、彼女たちを驚かせる。

 窓を開けてみれば、車がごぉーっと風を切っているのが分かった。


「あ、あ、あっ……ああ、あおめちゃん見て見て! あれ!」


「うっわ、電車やー! ほんまに走っとんぞ!」


「アヤメ! あれを追いかけるぞ!」


 アイが音楽再生中で、手を離せない。


「何言ってるか分かんねーから、とりま座ってくれ。なに、電車にびっくりしてんのか?」


 あやめからすれば、ただの田舎の電車である。窓に張りついて乗客たちに手を振る後部座席の2人に、苦笑した。

 しばらくして、車は高速道路に入る。こうなると、もはや止まることはなかった。もちろん、社会的・法的要請によってなのだが、そんなことは3人は知らないので、ただただそのスピードに酔いしれるのだった。


「ふはは! うちら風になっとるわ」


「か、風よりも速いよきっと」


「なんて速さだ……人にぶつかれば、簡単に命など奪ってしまえるな。恐ろしい」


 窓の外の景色に、あーだこーだと騒いでいると、まもなく、車は再び山間に入った。

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