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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
17/40

第17話


 家のすぐ前には川が流れている。土手は緩やかで、草木の生え方は鬱蒼とまではいかない。川も、流れがゆっくりで、浅い。朝になって陽が射せば、真ん中の方は、まるで水はそこに無いみたいにはっきりと川底が見えた。


「お前ら、あんま奥の深いところには行くなよー……はぁ」


 砂利と小石に満ちた川のほとり、ちょうどいい石に腰かけて、あやめが声をかける。ため息もついでに織り交ぜられているが、セミの鳴き声によってそれは届かない。


「水! タダの水や! 飲め飲め! あれ、えいら飲んでなくない?ウォウ ウォウ」


「や、やだよっ、濾過してないのに」


「じゃあこうだっ!」


「キャッ! し、しか、仕返しさせてもらいますよ小隊長!」


 3人は、川の調査兼下着の洗濯と称して、水遊びをしていた。それを監督しているのが、あやめである。


「せっかく休みの日なのに……」


 と煙草を片手に呟くのが聞こえる。


 25歳の女が太陽を恐れて、帽子や日焼け止め等の対策を欠かしていない一方、病的な肌の白さを持つ3人組は、さんさんとその光を浴びていた。

 彼女たちの肌の色は、水死体のようである。あやめ(がアイに語って)いわく、それは「強制された白さ」だ。


 そして、それと同じくらい白いのがもう1人、幼稚な川遊びに付き合わされていた。あやめが親戚から預かることになったという、歳もだいたい同じくらいの女の子だった。


「ユキもほら!」


 あおめがその細い体に水をかける。彼女は黙ったまま、されるがままだ。相当に無口らしいが、今の3人にはそれは些細な事であった。


「皆さん、一度岸に上がって、しかるべき日焼け対策を――あ、水をかけないでください。物理的な障害が発生する可能性があります!」


 一度に大量の紫外線を浴びると、あとで手ひどいしっぺ返しを食らうことになる、とアイは繰り返し警告しているのだが、聞く耳を持たない。

 その引き締まった体に違わぬエネルギーを彼女らは持っており、結局飽きて止めるまで、どれほどの水遊びも疲れさせることができなかった。

 ちなみに、「飛躍的に翻訳精度が向上してきました」と豪語するアイを見ておこう。


「サンダルは? 流しちゃったのか?」

 《サンダル? 流したのか?》


「ご、ご……ごめんなさい。きっ…………きき……気づきませんでした」

 《赦しは請わヌ。気づかなかッた》


「別にいいよ。石で足切らねーように、足元とか気をつけろよ」

 《別にいです。石で足を切りつけないよう、足元とか目を離すな》


 川から上がった4人を、バスタオルを抱えたあやめが待ち受ける。びしょぬれの彼女らに、頭から被せるようにしてそれを渡す。髪を絞るついでにその水で他にちょっかいをかけている小隊長を見て、あやめはまたもやため息を吐いた。


「よく分かんねー人懐っこさだな、ほんと」


 彼女たちとあやめの出会いが、前者に端を発する敵対的接触であったことを鑑みると、一晩明けたら笑顔をも見せるようになっていたというのは、なるほど、あやめの立場からすると、ややもすれば不気味かもしれない。


「これ、洗おうか?」

 《是非とも洗いますよ》


 あやめは、地面にうち捨てられて、びちゃっと音を立てた3組の下着を拾いあげる。川の水で清められてもなお、それは汗臭い。


「つーか、こんなもんよくつけてんな。なにこれ。胸つぶれねーか?」


 しげしげとそれを眺めて、最終的に、胃から何かこみあげてきたみたいに、うげっと顔をしかめた。

 小隊長がタオルに顔を埋めながら、ちょっとくぐもった声で尋ねる。


「洗ったらアヤメの匂いになるか?」

 《洗ったらアヤメの香りがしますカ?》


「まあ、すると思うけど。私のじゃなくて洗剤の香りだな」

 《なります》


「じゃあ洗ってくれ」

 《洗え》


「はいはい」

 《喜んで》


 自分の言葉が歪められていることを感じ取ったのか、あやめはアイをちらと見やったが、あいにく、そこに変わりうる表情は存在しない。


 水浴びを終え、なんとお風呂まで世話になった彼女たちは、あやめの昔の服を着させてもらった。下着も含めて、クローゼットの奥を漁って持ってきてくれたものだ。彼女が中学生や高校生だった頃に着ていたものらしい。頭のてっぺんからつま先まで闇だったあの格好から、あまりの変わりようであった。

 3人は、100年前の驚くべき超消費社会的服飾に大いに感嘆しつつ、見せ合いっこをして楽しんだ。


「うーん」

 《迷い》


 鏡を見て、小隊長があまり納得はいっていない様子だ。黒の方が落ち着くらしい。


「黒はあんま無いなー。白似合ってるぜ、女の子っぽいじゃん。ほれ」


 あやめが小隊長にグイとキャップを被せる。

 ちょっと裾が広がった長ズボンと、半袖。それに薄い上着。暑さと虫の両方について対策したチョイスだ。

 一方で、あおめはそんなことは気にせずに半袖ショートパンツだし、えいらはえいらで「ジャージ(学校指定)が可愛い」とか言い出して、あやめが体育に励んだ時のかつての姿を再現している。


「個性ってことだな、うん」


 それを見ていたあやめ、実に1世紀前の古代人らしい発想で、呑気に呟くのだった。


 精悍な顔つきで、いくらか達観した目であるのを除けば、格好の面では普通の年頃の女の子になった3人。集まって最初にやったのは、庭の一本の木を囲むことであった。

 目的は、セミだ。


「あれ、どうやって取る?」


「木に登ればいいんじゃないですか?」


「え、え、え…………枝が細すぎる、かも」


 3匹のプレデターに見上げられながら、1匹のセミはメスを惹きつける努力を重ねつづけている。

 木を見上げてあーだこーだと言い合う彼女たちを、寡黙なユキは、じっと眺めていた。縁側に腰掛けて、たまに、結露しているコップに口をつけては、また傍に置いた。


 そこに、今度は何をやっているんだとあやめがやってきて、クロスボウを構える彼女らを見て、動きを止めた。


「何するつもりだ……?」

 《何をしようとしている?》


 セミを指さしたら、虫取り網を持ってきてくれた。庭の小さな倉庫に眠っていたものだ。


「その物騒なのは仕舞え。これ使ってみろよ」

 《使ってみ》


 渡されたえいらは、キレの良い動きでそれを振り回してみる。


「えいっ」


 一度失敗したかのように見えたが、跳躍力と動体視力のゴリ押しによって、捕まえることに成功した。


「小学生かよ」


 捕獲したのを嬉しそうに眺めている彼女らを、あやめは不思議そうな表情で眺める。その様子だと、彼女らの目的とするところには気づいていないらしい。


「よし、アヤメに食べさせてあげよう」


「茹でます?」


「あ、あっあぶったら?」


 うん、と頷いた小隊長が、懐から鈍いさび色のライターを取り出して、火をつけた。保護者が眉をひそめてそれを見守るなか、哀れ、セミが生きたままあぶられる。ギー!という断末魔の声が、耳に優しくない。やがて微妙に香ばしいのが漂ってくる。

 イイ感じに焦げたところで、キャップの女の子は、離れた所に立って成り行きを見守っていたあやめに近づく。煙草を吸っていたのを、慌ててジリジリと灰皿に押し付けた。


「なんだよ、それどうするつもりだよ」


 身構える女。じりじり迫る女。


「あげる。おいしいぞ」

 《与えよう。美味しいぞ》


 味については、ここに至るまでの道中でチェック済みだ。


「おー、あー、ありがとう……」


 あやめが、口をへの字にしながら、つまんで受け取る。


「マジかよ……蜘蛛よりかはマシだけど……」


 意外にも好意をむげにできないらしいこの人間は、蜘蛛についてはパスしたが、3人が見守るなか、ついに食べることを選択した。


「………」


 目をつぶりながら、その頭を噛み砕き、ままよと咀嚼している。

 首の震えが徐々におさまっていく。目がゆっくり開かれた。

 小隊長によれば、案外中身はスカスカで、あぶられた外骨格が、カリカリ及びパリパリの性質を併せ持つ、スナックにふさわしい食べ心地だそうだ。


「……意外にイケる、のか……?」


 なにやら若干のショックを受けた様子で呟くあやめを尻目に、同じ料理がユキにも提供される。


「はい、どうぞ」

 《食べ》


 小さな手のひらに乗っかるそれを、なにかリアクションを取るでもなくジィっと見つめた後、スナック菓子に対してするのと同じようにして、もぐもぐと食べはじめた。感想は一言、


「おいしい、と思う」


 であった。


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