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雪よ、降レ!  作者: りっか(監修/訳=Yuki.)
第1巻
15/40

第15話

 

 ガラ……ガラ……とゆっくり横にスライドしていく。彼女らの後ろで焚かれる照明の光が、その隙間から家に侵入する。


 ほんの少し開けられた引き戸からそーっと顔を出したのは、眼鏡をかけた女だった。目が――と言っても彼女たちは顔が黒く塗りつぶされているかのようだったけれど――あった瞬間、


「きゃああああぁ!」


 と叫ぶ。叫び声に反応して一瞬銃器を構えかけるが、慌てて姿勢を戻した。


 その女は後ろに飛び退くようにしてへたり込んでしまっている。無理もない。こんな夜中に誰かと思えば、闇がそのまま人型になっているみたいな、恐ろしい見た目の不審者だったのだから。しかも、見るからにガチガチに武装していて、ごつい銃を持っているとなると、もはや殺しに来たとしか思えない(そしてそれは、彼女次第で正解にもなりえた)。


 小隊長は、少し開いたのに手をかけて、ゆっくりとそれを引ききった。


「っ……」


 恐怖におののく女は、声すら上げることもできずに、それを見上げることしかできない。彼女は武器として金属バットを携行していたようだが、声を上げた拍子に手から離れ、今は玄関の隅に転がっている。体が固まって動かないので、それを拾い上げることは、できない。


「…………」


 沈黙の時間が、流れる。


 次第に、それは困惑の色を強めていった。

 やがて、小隊長が、銃から完全に手を放す。首からぶらさがるコイルガンの銃口が、下に向けられた。一方で、まだ発見されてない脇の2人は、あくまでも握ったまま、いつでも動き出せるように待機だ。


「突然すまない」


 リーダーの兵士が、心にも思っていないことを口にする。


「あなたの家を訪れたのは、訳があるんだ。よければ、話を聞いてもらえないだろうか」


 女は答えない。それは敵意によってではなく、単純に、彼女の言っていることが分からない様子だった。


「私の言葉が分かるならば、右手を上げよ」


「が、外国人の方……?」


 小隊長は、言葉が通じないことを理解した。それと同時に、今のところは、この女が歯向かうつもりがないことも。

 じっと見据えたまま、2人に話しかけた。


「武器を下ろせ。言葉は通じないが、パッションによる交流は可能なはずだ。プランBを」


「うぉっ!?」


 横から突然現れた増員に、びくつく女。


 中尉は一歩下がって、決してそれに背中を見せることはないが、リュックを漁りはじめた。他の2人も同様に。そして各々なにかを取り出した。


 あおめは、ウクレレ。えいらは、リコーダー。小隊長は、ノートとペン。


 マスクの口のあたりがわずかに浮き上がったかと思うと、そのままスライドして、口だけがが現れた。

 急にミュージックがスタートする。


「???」


 その状況を前にして、女は、理解が追い付かない。追いつく前に、どんどん先に行かれてしまう。

 一番背の高い女の子の指が、なんとも陽気な曲をかき鳴らす。金髪の子の下手くそなリコーダーが、それをかき乱す。たぶん、いま初めて吹いたのだろう。


 中央の女の子が、ノートにササッ、シャッシャッ、と書きなぐるので何かと思えば、くるりとひっくり返して見せてきたのは、人間と思しきものが4人で並んでいる絵だった。何の場面を描いているのか不明だが、みな大変に満面の笑みなので、多分、すごくハッピーな絵であるように思われる――


「はい? え、なに? これなに?」


 女は、混乱をようやく口に出して表すことができた。


「どうやら、プランBは功を奏していないようです」


 ちっこいドローンみたいなのが、分からない言葉で喋った。


 すると、ピタリと彼女らは演奏するのをやめてしまって、再び静けさが取り戻された。その迅速な諦めようは、ただいまの楽しげな時間は全て彼女らの打算であったことを物語っている。


「ここは私に任せてください。対応できます」


「アイ、なにか策があるのか?」


「彼女が先ほど発した言葉と合致する語が、私の古いコーパスで検出されました。私を介せば、彼女と意思の疎通が可能になる可能性があります」


「なるほど、やってみてくれ」


 隊長の許可を得たアイは、いまだ地面に座り込んだままの女の目の前に、スッと降下して、話しかける。


「こんばんは! はじめまして、私はヘペテです。みんなからはアイと呼んでいただいております。ぜひともあなたの名前を知りたいと思っています! お名前を教えてください!」


 一気に捲し立てられて、女は呟く。


「なに言ってるかわかんねーよ……」


 すると、アイはしばし考えるような間を開けたのち、また話しかけた。


「こんばんハ! はじめマシテ。私をアイと呼んで」


 すると、女は驚いたように目を開いた。急に自分の分かる言葉で話されたからだろう。

 しかし、今度は逆に後ろの3人が分からなくなってしまった。

 アイはひゅるりと舞い上がって、次は3人の言語で話す。


「おそらく通訳が可能です。コミュニケーションコストの上昇はやむを得ませんが、それでもよければ、彼女に伝えたいことを、私に話してください」


「でかした」と小隊長。


「ではこう伝えてくれ:お前は人間か? それとも他の知的生命体か?」


 アイを介してその言葉が伝えられる。かなり、こう、独特に。


「いや先住地底人じゃねーよ。なんだよそれ。普通に人間なんだけど……どういう質問なんだよ」


「『他の知的生命体じゃねーよ。ガチでただの人間にすぎねぇ。どの疑問が頭に湧いてんだよ』と彼女は申しています」


 アイが、怪しげな翻訳を出力してきた。


「なんだ、随分と汚い言葉遣いだな。下層生まれか?」


 小隊長の呟きを拾ったアイは、それも通訳してしまう。


「お前の出身はゴミ溜まりデスか?」


「なんで急にディスってきたの?」


 しかし、これで女も気づいたようだ:このドローンみたいなのが、二者間の通訳をしてくれている。

 ――以後、特に断りがなければ、この2つの言語間でやり取りが行われる場合、「」の下にアイによる通訳《》が付されることになる。


「人間であるとは信じられない。嘘をつくのはやめてくれ。我々は人間の代表としてあなた方と友好関係を結ぶ準備があるのだから」

 《人間とは思えナイ。嘘つきめ。私たちは人間ォ代表して今にもあなたと友達になロウとしているのだから》


 女が、ようやく立ち上がった。首をかきながら、答える。


「どっからどうみても人間だろーが。そんで勝手に友達になろうとするな。てか、なんで私が人間じゃない前提なの? そっから謎なんだが」

 《あらゆる角度から人間です。許可がないと友好関係は結べない。待て、なんで私は人間じゃないとされている? そこからミステリーが始まっています》


 小隊長は、できうるかぎりの情報を引き出すため、粘り強く対話を続ける。もちろん、彼女が人間ではない前提で。


「仲間は?」

 《友達はいないノか?》


「友達は……いないな、今は。なんかやだわ、その質問」

 《友は、失ってしまった。その疑問、気に食わない》


「すまない。では名前を教えてくれるか」

 《ゴメン。じゃあ皆はあなたを何と呼びマスか》


「あやめだけど」

 《アヤメダケド》


「アヤメダケド?」

 《アヤメダケド?》


「違う違う。だけどは名前じゃない」

 《繰り返される過ち。だが名前ではない》


「違うのか? なぜ偽名を使った? 本当の名前を言え!」

 《違う? なぜ偽りの名を言う? 真名を名乗ってください!》


 小隊長が小銃に再び手をかけて、問い詰める。一度偽名を名乗るという訳の分からぬことをするなんて、やはり人間とは思えない。


「あやめ! あやめ! 怖いって!」

 《あやめ! あやめ! 恐怖!》


「2人とも。個体名:あやめを拘束せよ。強くなくていい、自由を奪う程度に」


 突如接近してきた2人に警戒を示し、抵抗をも試みたあやめであったが、職業軍人にかなうはずもなく、ほんの一瞬で手と足を縛られてしまった。玄関先に無造作に転がされている家主を放って、小隊長は屋内に突入する。


「家の中を調べるぞ! のっぽ、ついて来い。パツ金はアイとともに、あやめと外を見張れ。可能ならば情報を引き出しておけ」


「はいっ!」


 照明を消してから、あやめのそばにしゃがみこむえいら。

 お互い無言で見あう時間が続く。あやめが目を逸らした時に、ちょうど、えいらが話しかけた。


「あ……あ、あ、ああの、あの」


「なんだよ」

 《なんですか?》


「すすす、すきっ……きっ、好きな食べ物はありますか?」

 《好きな食べ物はなンですか?》


 あやめは急にしょうもないことを訊かれて面食らったようだが、答える。


「普通にラーメン」

 《断然ラーメン》


「ラーメン? そ、そ、それは美味しいんですか?」

 《ラーメンとは? それはりんごノ味がシますか?》


 えいらにとっては、美味しいと思えるものというのは、昆虫や野菜、フルーツくらいしか存在せず、具体的な料理名を言われて、それが何であるかを理解できる道理は、これっぽっちも無かった。


「ラーメン知らねーのか? マジでどこの国の人?」

 《ラーメン知らねぇって、マジでどこ生まれ?》


「私は、お、お、お……恥ずかしながら、第38層で生まれました。ごごっ、ごご……ごめんなさい」

 《私は、恥ズかしいのですガ、38階生まレです。まことにゴメンなさい》


「なんかタワマンとかに住んでる人? もう余計意味分かんねーわ……って、うお!? 力強いな」


 えいらは、土間に転がる彼女をひょいと抱き上げて、床のところに腰掛けさせた。


「ありがとう」


 と礼を言いかける。


「あ、いや待て、おい、手に持ってるの、それなんだ。なにするつもりだ!?」


 えいらは腰からナイフを出して、寝巻女の腕にその刃を近づける。ピカピカに磨かれたナイフの刃先が、きらりと光った。それは、これまで幾度も血を吸ってきた(やいば)の妖しい輝きであった。

 ――人間ならば、赤い血が出るはずだ。そうじゃないなら、伝説にある地底人のように、青い液体がどろりと溢れてくるに違いない。


 後ろ手で縛られて動けない女は、目を閉じることしかできない。


「痛ぁっ!!」


 痛みに慣れていない女が、たまらず声を上げる。うっすらとついた綺麗な切り傷から、つーっと水が流れた。それは、赤い色をしていた。


「いってぇ……マジで何してやがる……!」


 血が自分と同じ色なのを見てから、急いでリュックから救急キットを出して、消毒および止血を開始する。


「ご、ご、ごめんなさい!」


「なんで自分で切っといて慌ててんだよ……」


 それというのは、敵ならば動脈の太いのを切っても何も思わないのだけれど、女があまりに鋭痛にたいして耐性が無かったので、焦ったのだった。抵抗できない人間をいたぶるのは、彼女の趣味ではなかった。


 そこに、2人が戻ってきた。


「他に怪しい存在や物は見られなかった。それどころか、この家は、まるで下級兵士の寮室のごとく何もない」


 簡潔な報告をなす小隊長。えいらが女の腕にガーゼを当てているのに気がつく。


「ん? そいつを切ったのか。血は何色だった?」


「に、人間の色でした」


「抵抗は見せていたか?」


「い、いえ、ひとつも。体重は老人のようで、てってい、てて、抵抗する力があるようには感じられません」


 小隊長は、唇をへの字にして、わずかに考えた後、彼女の拘束を解くように命じた。そして、えいらの処置の跡を慎重に触る女に、告げる。


「詳しい話がしたい」

 《腰を落ち着けて話ヲしよう》


「もう深夜なんだけど……」


 女のぼやきはアイによって無視されてしまって、3人には届かなかった。時計の針は、いよいよ12時を回ろうとしていた。


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