第14話
彼女たちは、それから、およそ1日と半分を同じ場所で過ごした。気温が快適であるというのもあったが、何よりも、遠くのある一点を観察するのには、そこがちょうど良かったからだ。
「午後8時13分。く、く、車で帰宅。窓に明かりが点きました。い、い、ぃいっ、いまだ別個体の姿は確認できていません。い、いいい、い……1匹で生息していると見て、まま間違いありません」
全身を闇に溶け込ませつつ、サーマル双眼鏡で見たものを報告するえいら。
彼女らが至った結論はこうであった:あれは人間に化けている怪物である。
彼女たちは、そう考えることでしか、その理由を説明できなかった。人類は100年前にほとんど滅びて、地下に逃げ込むことでかろうじて種を存続しているのだ。
そして、これまでの旅では幸運にも出会うことはなかったが、人類をその窮地に追いやった存在が地上にいるのは、間違いないのだ。
「小隊長、どうしますか? ずっとここで止まってるわけにはいかないですよ」
与えられた猶予は30日。残り;659時間46分。
小隊長は、リーダーとして判断を下し、方針を部下に示さなければならない。凹凸の無い、硬い顔をさすりながら、熟考する。
「……あの個体に接触しよう。人間の生活を模倣している点から、ある程度の知能を有していると思われる。対話の可能性は無いと言い切れない」
「えっ、マジですか……? 近づいたら、ぶわぁって変身して、喰われるかもっすよ?」
そう述べるあおめの声は、不安げだ。しかし、小隊長はきっぱりと答える。
「ならば、殺される前に殺す。これまでだってそうやって生きてきたんだ。同じようにやるだけだ」
「………」
短い黒髪の女は、1つ深く息を吸った後、深々と頷いた。マスクの下は、実に兵士らしい顔をしていた。えいらも同様にして覚悟を決めたらしく、もはや何も言わないが、出発する準備はできているようだ。
3人が、同時に立ち上がる。
小隊長のハンドサインが、「行くぞ」と号令をかけた。それとほとんど同時にして、3つの影が、闇の中を駆けだした。
「この先に、麓まで続く獣道が存在しています。ルートを表示しています」
アイが、戦士たちを助ける。
それはあっという間だった。川の緩やかなせせらぎが耳に入ってきて、やがて一本の道に出た。獣道でなく、疑いようもなく人が踏みしめた道だった。川に沿うように伸びるそれを行けば、件の民家がある。
「アイ、現在時刻」
「現在:午後11時25分です」
躊躇なく殺戮者たちは走る。慄いた虫たちは、一斉に黙りこくって、夏の夜とは考えられないくらい川辺は森閑としていた。異質な空気だった。流れる水、彼女たちのかすかな足音、装備の揺れる音だけが、そこにあった。
目的地に、瞬く間に到着する。
木々を背に、一軒の古民家がそこには確かに建っていた。まったく荒廃している様子は無く、むしろ、その周辺は雑草が抜かれて、手入れが行き届いている。
窓からは、光が漏れていた。それに加えて、彼女たちの耳には、微細な物音も聞こえていた。人が出す音だ。
――動いているのは1人。
と先頭の小隊長によるハンドサイン。
手で「止まれ」と告げた後、顔を見合わせる。
――これより、対話を試みる。敵対的であると私が判断した場合、私の発砲をもって直ちに戦闘へ移行する。後の流れは、いつものように。
上記の内容を、慣れた様子で、ジェスチャーのみで伝える。
小隊長は、これが友好的な交流になるとは、はなから考えていないようであった。
――えいら、照明。800ルーメン、3000ケルビン。
小隊長のハンドサインを正確に読みとったえいらが、リュックから機材を静かに取り出して、ほんの僅かのうちに組み立てる。暗闇が主戦場だったから、慣れたものだった。
彼女の操作によって、玄関先が、パァッと明るくなる。それと時を同じくして、小隊長が、正面の扉をドンドンと叩いた。
――あおめ、まだ構えるな。
――りょーかーいっす。
家主がおそるおそる歩く音が聞こえる。向こうも警戒しているのだろう。
更に、ドンドンと叩いた。
小隊長は、そいつの動きを、見えなくとも感じていた。扉一枚を隔てて、向かい合う。武器を持っているのがなんとなく分かる。確かに、人間の真似をしているならば、そのように警戒するのもおかしな話ではない;本当に人間ならば。
知能があるということは、自分の利益のために欺いてもみせるということに他ならない。油断してはならない。
――来るぞ。
あおめとえいらが、死角に入るようにして両脇に展開する。そして、扉は開かれた。




