第12話
「まもなく日の出です」
アイが小さな音量で告げた。それとともに、夜空がわずかに白みはじめていることに気がついた。
星々が薄れゆく。輝く明けの明星ひとつ。変わらずそこにあるのだけれど、主役はもうじき彼らじゃなくなる。この尾根より高いのが向こうにあるが、その奥側が底光りをはじめて、光が漏れだしてきていた。徐々に手前の方に向かって、空の色を塗り替えていく。黒かったのが、紺色に。紺だったのが、薄い青に。そして、白く燃えるかのような、淡い黄色。
「――ねえ。2人とも」
「どうしたんすか?」
急にしんみりした調子の小隊長に驚いて、両隣の女の子たちは、そろってその顔を見た。
彼女は、なんと言うべきか考えているようだった。日が昇りゆく稜線を、一筋に見つめながら、きっと、色々な言葉が頭を巡ったに違いない――
「――ありがとう」
ただそう述べるに留めたその顔は、どこまでもまっすぐ東に向いていた。
他の2人も、そうすることにした。
世界は、広い。これほどの高みから、あんなに遠くの輝きを、あれほど眩しい光を、かつて地下で見たことがあっただろうか。暗がりで泣いていたあの頃の自分に、教えてやりたいと思った。
さて、いよいよ、あまりにもまばゆいので直視できなくなる。光の向こう側に、太陽の真ん丸な輪郭がぼうっと浮かび上がる。光が、彼女たちの顔に、真正面からぶつかった。目が痛い。できることならば、瞬きもしないで、ずっとその目に輝きを注いでいたかった。
「……太陽や」
あおめがぽつりと呟く。
「太陽や」
すっくと立ちあがった。体や頭にまとわりつく重いのを脱ぎ捨てて、ぜんぶ草の上に転がした。ブーツも脱ぎすてて、裸足になった。
「太陽や!」
それこそは、地面の下にずっと埋められていた体が、求めていたものだった。感じたことのない喜びが湧いて湧いて止まらないので、ついには抑えきれなくなって、叫んだ。飛び跳ねた。駆けた。
「太陽や! 太陽や! 全部タダや! 誰も独り占めできひん、みんなの太陽やあ!」
「おい、あまり調子に乗ると危ないぞ。って、えいらまで……」
仕方がないので、小隊長もそれに加わった。
足の裏に直に感じる、草と土。肌に浴びる、陽射し。空を自由に駆ける鳥。あまりにも贅沢だった。
「やーっ!」
えいらの腹から出た声が、太陽に向かって飛ぶ。山の上にいたら、とりあえず何か叫びたくなるのは人間に共通であるようだ。あおめも、「うおー!」とか「あぁー!」とか大音声を上げて、わずかに返ってくるこだまを楽しんでいる。
最初は躊躇していた小隊長も、仕方がないからそれに参加して、いつしか3人で同時に叫ぶようになっていた。
いつもは規律にうるさい小隊長も、なにも咎めなかった。きっと、しわの数だけ歳を取っている老兵たちだって、同じことをするに違いなかったから。
せーの――
「やっほー!!!」
どこまでも、どこまでも自分たちの声が飛んでいくのが、面白かった。
ひとしきり叫んだあと、自然と3人で笑い合った。なにが可笑しいかは分からなかったけれど、勝手に笑えてきたのだから、仕方がない。楽しい、というのはそういうことだった。
「息抜きはストレスを緩和するのに必要ですが、油断はしないようにしてくださいね」
アイが、それまでと変わらない位置に滞空しながら、忠告する。
「はーい」
そういえば、と思い出して、装備を再び着けはじめる兵士たち。けれど、重いアーマーやベストは、最後まで草に寝転がったまま。今だけは、お日様が優先だから仕方がない。そう、仕方がないのだ。
地底人たちは、夜明けを知った。




