第11話
当面は東を目指して行軍し、もしそこに何らかの文明の痕跡があるならば、エクストラミッションである「過去の調査」についても行う運びとなった。もし完全に破壊しつくされて何も残っていなかったとしても、地図によればそれは平野であるので、遠くから偵察するのにちょうど良いだろう。また、東に進めば、川もある。他の方角に進む理由は、今のところ無かった。
「なあなあアイちゃん、周りにやばそうなのはおった? デブデブの浅黒巨人とか、目がないおしゃぶりモンスターとか」
「いえ、そのような存在の姿は確認されませんでした。ただ、ハチや毒ヘビ、小型の肉食動物についてはその存在を確認しましたので、注意が必要です。また、あおめさんが言うような敵対的な存在に、今後遭遇する可能性もあります。警戒を怠らないようにしましょう」
なんであれ、ここら一帯は安全ということだろう。
その後、3人は暑さに耐えながら、武器の整備をしたり、ヘビを焼いて食べたりして、夜の訪れを待ったのだった。
そして、それは、テントの中からでも分かる変化だった。音が、変わったのだ。
蝉はいつの間にか消えた。代わりに現れたのは、甲高く鳴く小虫の数々であった。耳鳴りのようであった。
夕暮れを見逃した3人は、外が完全な黒になったことを知ると、活動を開始した。
装備を着込み、テントを畳む。彼女らの頭からつま先まで、森の真なる闇にまったく紛れてしまって、光に頼る何者によっても見つからないと思われた。
「では、出発するぞ。朝までに尾根に到達することが目標だ。標高は約1500m。問題は無いな?」
小隊長の小声に、他も頷いた。
その足取りには迷いが無いように見えた。彼女らの視界はサーマルカメラによって多少明るくなっており、また適切なHUDによって補助されていたため、そこに彼女たち特有の暗闇における勘も合わされば、不思議な事ではなかった。
「………」
たまに、ガサガサ、と藪が動くのでそちらに矢先を向けるのだが、何もない。
時々、何かの鳴き声がする。それはホイッスルのようであったり、人の叫び声のようであったり、その度に彼女らを立ち止まらせる。姿は見えない。
夜は慣れていたつもりではあったが、こうも賑やかなのは、むしろ不安だ。仲間だけではない、ということは、敵がいる可能性があることに他ならない。
昼の山と、夜の山は、まるで2つの別々の世界であるかのようだった。
ある時、森の天井にぽっかり穴の空いた、ひらけた場所に出た。真ん中に、最近倒れたばかりらしい樹があるが、ちょうど良い腰かけになりそうだ。小隊長の小さな指示のあと、3人で並んで座った。
会話はない。
何が潜んでいるか分からないのが、彼女らの気を張り詰めさせていた。バケモノがうじゃうじゃいるという事前の情報に反し、これまでそのようなものに一度も遭遇していないのが、逆に違和感だ。その安心と違和感のはざまで揺れ動くのが、嫌な予感を強調した。
森がそうしたモンスターの活動範囲ではないだけなのかもしれない――小隊長がそうやって色々考えながら、休憩の終わりを待っている時だった。
「ほ………」
えいらが、呆気に取られた声を出した。そういう声が出るのは、初めて見るものに圧倒された時だ。
何事かと思って、隣を見たら、マスクを脱いでいるのが見えた。
「ほ………」
空をまっすぐ見上げていた。まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ。
小隊長もあおめも、見た。
いったいそこに何があろうかと気になって、マスクを外した。森の匂いがする、涼しい空気だった。
「――ほ……ほし」
えいらがそう呟いたのと、2人が感嘆の声を上げたのは、ほとんど同時だった。
そこにあったのは、星空だった。満天の空だった。枝々の作り出すフレームの内側に、絵画のようにして、そこにあった。しかし、それは絵のように天井に貼りついたものではない。星々の輝きは大小が異なり、奥行きを持って彼女らの前に立ち現れ、そして、そのことによってあたかも宇宙が目の前に現れたように感じさせる。空が透けて、宇宙が見えるようになったのだ。宇宙のずっと遠くまで。
「………」
誰も、喋ろうとはしなかった。言葉など出るはずもなかった。ただただ、それを見た。虫の声だけが、その静寂の中に現れていた。
――――一度、基地のレクリエーションの1つとして、プラネタリウムを見たことがある。あの時はひどく感動したものだ。それを偽りだったとは言わないし、銀河中を駆け巡ったのは楽しかったが、しかし、それらがどれほど真に迫ろうとも、大地から見上げたこの宇宙の姿に勝る道理は無いだろう――――
これ以降、休憩を挟むことなく、進んでいく。慎重でありながらも迅速に斜面を登っていくのは、訓練の賜物だ。アイが最適な登頂ルートを都度提示してくれるので、その貢献も大きい。ルートと言っても、藪がそこにあるばかりだが。
――特筆すべきこともないから、この山々の頂に着くその少し前まで省略しようと思う。夜が白み始める少し前だった。
「よし、ここで朝まで待機だ。たぶん、太陽が昇るはずだから。アイ、いつくらいだ?」
「はい。本日は、午前5時07分から、日の出が始まる予定です」
尾根というのはたいていがハゲていて、見晴らしが良い。草地なので、座り心地も良い。また、下があれほど暑かったのが嘘みたいに涼しかった。星空を眺めるのにはぴったりだったので、任務も忘れて眺めたのだった。そして、誰に教わるでもなく、古代の人々がやったようにして、星と星を繋いだりしてみた。
「あれとか、あれとか、こんな風に繋げたら、ネズミに見えるな」
「どれとどれっすか? ていうか、空にネズミがいても嬉しくないですよ。美味しくないのに」
「あ、あ、あ、あのっあの3つを繋げたら、すすす……す、せっ正三角形だよあおめちゃん」
「えいら、三角形なんかできて嬉しいの?」
「え……? う、嬉しくないかも」
天は輝いていも、地上は暗いままだから、それくらいしかやることはなかった。しかし、どう頑張ったって飽きることはなかった。
「あ、いま、なんか動いたぞ! 星がすぅんって!」
小隊長が、空に向かってピンと指をさしている。
「流れ星のことっすか? そんな簡単に見れるもんじゃないでしょう」
「本当だって。あ、ほら!」
彼女らは運が良い。ちょうど流星群の時期だった。空は、3人だけのショーであるかのようだった。
「昔の人は、流れ星が流れてる、あ、あ、間に、30回願い事を唱えたらしいです」
「そうなのか?! 訓練したらできるようになるのだろうか?」
友の言うことは、案外すぐに信じる中尉。
そうして、穏やかに時は過ぎていく。




