表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9章 最後の配達

『……配達員リイナ、時間を——選べ。』


 その声は、塔の壁や振り子からではなく、空間そのものから響いていた。

 低くも優しい響きで、同時に抗い難い重さを帯びている。

 リイナは防護服の男と視線を交わすが、彼もまた何も言わずに頷くだけだった。


「……選択肢は?」

 問いかけると、声は即答した。

『第一——時間を正し、裂け目を閉じる。世界は安定するが、停止域に取り込まれた者は戻らない。

 第二——時間を開放し、すべての層を融合させる。失われた者は蘇るが、世界は新たな時間構造へ変容する。』


 第一は、犠牲を固定する安全策。

 第二は、予測不可能な変化を伴う賭け。

 脳裏をよぎるのは、第七停止域で出会った配達員たちの瞳、港区で待つ人々の姿、そして——自分自身の使命。


 「……私は——」


 言葉を紡ぐ瞬間、塔の振り子が不自然に揺れた。

 頭上から“時間喰い”が一体、滑り落ちてくる。

 男が飛び出し、それを引き剥がすが、彼の腕に黒いひびが走った。

 それは肉体ではなく、時間そのものの裂け目だ。


「早く……決めろ!」

 男の声に押され、リイナはK-42を振り子の中心部に押し込んだ。

 封筒が完全に融け、蒼と黄金が混ざった光が奔流となって塔全体に広がる。


『選択を確認——』


 「……第二だ。全部、取り戻す。」


 その瞬間、振り子は真上で静止し、全ての時計が「12:00:00」を指した。

 次の一拍——塔から光が放たれ、裂け目の全層に流れ込む。

 凍っていた街路に子供の笑い声が戻り、停止域の配達員たちが息を吹き返す。

 港区の空が金色に輝き、黒い裂け目がゆっくりと収縮していく。


 だが、光が完全に消える前に、防護服の男が静かに言った。

「……世界は変わった。おそらく、もう元には戻れない。」


 リイナは頷き、塔の外へと歩き出す。

 そこに広がっていたのは——幾層もの時間が融合し、見慣れた街並みに知らない季節や空が混ざる、新たなクロノポリスだった。


 彼女の手元に、いつの間にか新しい封筒があった。

 刻印は、ただ一言——「次の配達先」。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ