第8章 時計塔の心臓
層と層の間を抜けるたび、空気の質が変わった。
ある層では空が茜色に焼け、別の層では雪が舞っている。
しかし塔に近づくにつれ、季節や色彩は薄れ、やがてすべての層が同じ無彩色に収束していく。
時間の乱れが一点へ吸い込まれている——そう直感した。
「……近いな」
防護服の男が低く呟く。
塔は想像よりもはるかに巨大で、最上部は雲の切れ間に隠れていた。
外壁は真鍮の板と黒い歯車が絡み合い、絶えず低い唸り声を上げている。
足元の地面が震え、影が横切る。
見上げると、塔の側面に沿って“時間喰い”が何体も這い登っていた。
それらは光を嫌うように動き、塔の継ぎ目から内部へと入り込んでいく。
「中に先回りされる……!」
男が駆け出す。リイナもそれに続く。
塔の根元には巨大な門があり、中央には精密な鍵穴が刻まれていた。
リイナがK-42を差し出すと、封筒が自ら形を変え、薄い金属の鍵へと変質する。
鍵が回った瞬間、門全体が深く低い音を響かせながら開いていった。
内部は、外観からは想像もできないほど広大だった。
中央には直径数十メートルの振り子があり、その一振りごとに空間全体が脈打っている。
壁面には数え切れない時計の文字盤が埋め込まれ、それぞれが異なる時刻を指していた。
その全てが、中央の振り子とわずかに同期している。
「これが……中枢。」
男の声に、リイナは無意識に息を飲む。
だが、次の瞬間、頭上の歯車の影から“時間喰い”が落下してきた。
その動きは塔の振り子と完全に同期しており、一振りごとに間合いを詰めてくる。
K-42が再び強い光を放ち、リイナの手から滑り出る。
光は振り子の中心部へ飛び込み、金属音と共にそこへ融合した。
——その瞬間、塔の全ての時計が同じ時刻を指し示す。
「00:00:00」。
空間全体が、息を潜めた。
次の一瞬——塔の奥深くから、誰かの声が響いた。
『……配達員リイナ、時間を——選べ。』