第6章 時の選択
蒼光は、もう握りしめる手の皮膚を焼くほどに熱かった。
封筒の内部から響く鼓動は、彼女自身の心拍と完全に重なっている。
——封じるか、解き放つか。
迷う時間は、もう残されていなかった。
目の前で、静止していた配達員たちの瞳が、一斉に彼女を見据える。
その中には、笑顔のまま止まった青年も、片腕を失いながらも立つ女もいた。
彼らは、皆、届けるべき何かを胸に抱えたまま、この核に飲み込まれた者たちだ。
リイナはゆっくりと息を吸い込む。
そして——封筒を開いた。
閃光が世界を覆い、視界が白一色に染まる。
頭上の巨大な歯車が、一斉に正回転へ切り替わり、凄まじい速度で回転を加速させる。
地面の黒曜石が割れ、そこから膨大な時間エネルギーの奔流が噴き出した。
「……核が、外界と同期を始めた!」
男の声が轟音の中にかき消えそうになる。
配達員たちの身体が、粒子となって空へ舞い上がっていく。
だがそれは消滅ではなかった——彼らは笑みを浮かべ、光となって核の中心へと還っていく。
核はそれらの光を吸収するたび、鼓動を強め、蒼光から黄金色へと色を変えていった。
次の瞬間、外界の映像が空一面に広がる。
クロノポリス港区、停止していた港の風、止まっていた水面、固まった空中の鳥——すべてが一斉に動き出す。
港の巨大時間炉が再点火し、真鍮の塔から白い蒸気が立ち上る。
だが同時に、都市の上空に揺らぎが走った。
負の時間ベクトルを帯びた黒い裂け目が、空の一角でゆっくりと口を開ける。
そこから、低く唸るような音が響く。
——これが、覚醒の代償。
男はリイナの肩を掴み、真剣な眼差しで言った。
「まだ終わっていない。核を開いた以上、この裂け目を制御しなければ都市は飲まれる。」
足元の地面が崩れ、二人は光の渦に呑まれて再び外界へと放り出された。
そこは港区の真上——見渡せば、都市全体が揺らぎの波に包まれている。
群衆が空を見上げ、恐怖と歓声が入り混じった声を上げる。
リイナは胸の奥で、封筒がまだ脈動を続けているのを感じた。
K-42は完全には役目を終えていない。
——次にすべきことは、ただひとつ。
彼女は男と目を合わせ、小さく頷いた。
「行こう。裂け目の向こうへ。」
その瞬間、港区の真鍮の塔が再び低く唸り、裂け目から零れ落ちる黒い光が二人を包み込んだ。