第5章 動き出す影たち
首を動かした人影は、ゆっくりとこちらに向き直った。
その動作は、氷を割るようにぎこちなく、それでいて確実に——時間の束縛を断ち切る意思を帯びていた。
顔は影に覆われ、表情は読めない。
だが手に握られた封筒が、微かに蒼白く輝いている。
「……動いている。あれも局所解凍か?」
リイナの問いに、防護服の男は首を横に振った。
「違う。これは“同期”だ。お前が持つK-42が、核の中の他の封筒と共鳴している。」
次の瞬間、別の人影も動いた。さらにもう一体。
やがて十数体がゆっくりとこちらを取り囲むように歩き出す。
その全員が、クロノポリス郵便局の徽章を胸に刻んだ防具を着けていた。
「……配達員、全員……ここに?」
「そうだ。おそらく、過去の任務でここに飲み込まれた者たちだ。」
人影のひとりが、カクカクとした動作でリイナに近づき、かすれた声を発した。
「——届けて……くれ……」
その手が、彼女の持つK-42に触れる。
瞬間、封筒の蒼光が一気に強まり、内部から脈打つような熱が広がった。
視界の奥で、巨大な歯車が二枚、同時に回転を加速させる。
空間全体がわずかに揺れ、黒曜石の地面に光の線が浮かび上がる。
「核の構造が変わっている……!」男が低く呟く。
「K-42はただの“鍵”じゃない。核そのものの時間流を再編する——。」
その言葉を遮るように、頭上から雷鳴のような轟音が響く。
空の裂け目から、無数の光の粒子が降り注ぎ、人影たちの体に吸い込まれていく。
そして——彼ら全員が一斉にリイナの名を呼んだ。
「——リイナ!」
胸の奥が強く締めつけられる。
これは呼び声ではない。記憶だ。
彼女の脳裏に、知らないはずの過去の風景が流れ込む——クロノポリス港区、局舎の中庭、笑い合う配達員たちの顔。
視界が霞み、膝が崩れそうになる。
だが、その瞬間、男が彼女の肩を支え、短く告げた。
「選べ。核を封じるか、解き放つか。」
封じれば、この空間も人影たちも、完全に時間の外に消える。
解き放てば、外界と融合し、停止域はなくなる——だが、時間エネルギーの奔流は都市を飲み込むかもしれない。
リイナはK-42を握りしめた。
封筒の蒼光が、彼女の鼓動と同期して高まっていく。