第4章 覚醒の奔流
——光の中で、上下も時間も消えた。
リイナは自分の体が浮遊している感覚だけを頼りに、必死に意識をつなぎとめていた。
クロノスーツの計器はすべて停止し、呼吸音すら聞こえない。
目の前には、蒼と白が混じりあった奔流——まるで液体化した時間そのものが渦を巻いているようだった。
ふと、腕に強い圧力を感じる。
振り向くと、防護服の男がそこにいた。
彼の動きは鈍く、しかし確実にこちらへと手を伸ばしてくる。
口元が動くが、音は届かない。
次の瞬間、光が再び弾け、二人は硬い地面に投げ出された。
——そこは、村ではなかった。
頭上に広がるのは、裂けた空のような空間。
空には巨大な歯車がいくつも浮かび、ゆっくりと逆回転を続けている。
足元の大地は黒曜石のように滑らかで、薄い光が走っては消える。
ここが「事象核断片の内部」——負の時間ベクトル時空だと、直感が告げていた。
「……ここは、核の心臓部だ。」
男の声が、今度ははっきりと届く。
「覚醒の衝撃で、俺たちは核の時間流に飲まれた。」
リイナは周囲を見回し、背筋に冷たい感覚を覚える。
地平線の彼方に、人影がいくつも立っていた。
だが、どれも動かない。まるで瞬間を切り取られた彫像のように。
その中の一体が、手に何かを握っているのが見えた。
それは、クロノポリス郵便局の徽章が刻まれた封筒だった。
「……あれも、配達員?」
「そうだ。そして多分——帰れなかった者たちだ。」
男はK-42を指差す。
「これが開いた以上、核は完全に目覚める。おそらく外の停止域は消えるだろう。その代わり——この空間が拡大する。」
遠くで、巨大な歯車のひとつが止まり、逆回転から正回転へと切り替わった。
その瞬間、リイナの足元を時間エネルギーの奔流が駆け抜け、全身の骨にまで震えが走る。
視界の隅で、静止していた人影のひとつが、ゆっくりと首を動かした。