エピローグ ——時の街にて
クロノポリスの港区は、再び時を刻み始めていた。
真鍮の塔からは白い蒸気が立ち上り、街の通りには季節をまたぐ花々が同時に咲き誇る。
海面には夏の陽光がきらめき、遠くの丘では秋の紅葉が揺れていた。
時間層の融合によって、街はひとつの季節に縛られなくなったのだ。
リイナは局舎の屋上に立ち、新たな都市の息吹を見下ろしていた。
肩には、再び戻ってきた配達員の仲間たちの笑い声が届く。
彼らは皆、かつて停止域に囚われた者たちだ。
今はそれぞれの道具を手にし、新しい仕事に取りかかっている。
彼女の手には、一通の封筒があった。
それはあの日、時計塔で目を覚ましたときに手元にあったものだ。
厚紙の封は未開封のまま、刻印だけがはっきりと刻まれている。
——「次の配達先」。
封を切るのは、まだ先にしようと決めていた。
この街が新しい時間に馴染み、息を整えるまで。
だが、その刻印を見るたびに、胸の奥で時間炉のような鼓動が高まるのを感じる。
「……さて、次はどこまで行くことになるのやら。」
海風が髪を揺らし、複数の季節が同時に流れ込む香りが混ざる。
リイナは封筒をポケットにしまい、階段を降りた。
その背中を、真鍮の塔の針がゆっくりと見送る。
——時間を喰らう街は、今日も静かに、そして確かに動いている。