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ペットボトル

作者: 通りすがり

ある一人のサラリーマンの男が、初めて訪れる場所へと足早に向かっていた。

空は曇天、昼間にも関わらず周囲は薄暗く、いつ天候が崩れてもおかしくない。

目的地のビルがある場所はそう遠くないはずだが、いつまで経っても辿り着かない。

どうやら道に迷ってしまったようだ。

スマホで調べようにもバッテリーが切れているのか電源が入らない。

朝にテレビで見た星座占いで運勢が最悪だったことを思い出して、今日はどうやらツイていないようだと男は一人ぼやいた。

男はやむを得ず、自分の勘を頼りに歩き出した。

しばらく歩いていくと、小さな公園が見えてくる。

男は公園に入ると近くのベンチに腰を下ろし、一息つくことにした。公園には誰もおらず静かで落ち着ける場所だ。


少し汗ばんだ体に吹き付ける風が気持ち良かった。目を瞑ると心地よさから眠気に誘われる。

しばらくそうしていたが喉の渇きを感じた男は、鞄からペットボトルを取り出し喉を潤した。

飲み終えて空になったペットボトルをゴミ箱に捨てようとしたが、生憎近くにはゴミ箱が見当たらない。

仕方なく男はペットボトルを鞄に戻した。

男はベンチから立ち上がると再び歩き出す。今度は先程とは違う方向に進んでみた。

するとすぐに大きな道路に出た。このまま道路を渡ると別の地域に出てしまう。

どうもこちらの道ではないみたいだ。

男は公園まで戻ると今度は別の道を進むことにした。

しばらく歩くとまた公園が見えてきた。

先程の公園とはまた違う公園だった。

歩き疲れた男はまた近くにあったベンチに腰を下ろし休憩することにした。

こちらの公園には数人の人がいた。

犬の散歩をしている人や、ベンチで読書をしている人、子供と遊んでいる母親など、みな思い思いに過ごしている。

男は彼らを眺めながら、ペットボトルを取り出して飲もうとした。

しかしペットボトルはすでに飲み干して空だったことを思い出した。

ペットボトルを捨てようとゴミ箱を探したがここでも見当たらない。

男はやむを得ずまたペットボトルを鞄に戻した。

男は立ち上がると再び歩き出す。

しばらく歩くとまた大きな道路に出た。

どうやらこちらの道でもなかったらしい。

男は先程の公園に戻ると、まだ行っていない別の道を進むことにした。

しばらく歩くとまた公園が見えてきた。最初の公園、次の公園とも違うまた別の公園。

男は何度も道を歩き何度も公園を見つけ何度も同じように休憩した。そして何度もペットボトルを捨てる場所を探した。

日が暮れ始め男は焦りを感じ始めた。このままで目的地にたどり着けるのだろうかと不安が募る。

そのとき、なぜだか急に鞄にあるペットボトルのことが気になり始めた。

自分がペットボトルを捨てられないことに、何か意味があるような気がしたからだ。

もしかしたらこのペットボトルには何か秘密があるのかもしれない、男はそう思った。

すると、突然背後から声が聞こえた。

「あのう、すみません」

男が振り返ると、そこに立っていたのは犬の散歩をしている女性だった。

「何かありましたか」

女性は心配そうに男に尋ねた。

男は女性に、自分が道に迷っていることや、ペットボトルを捨てられないことを話した。

女性は男の話を聞くと、少し考え込み、そしてこう言った。

「もしかしたらそのペットボトルは、あなたに何かを伝えようとしているのかもしれませんね」

男は女性の言葉にハッとした。

そうだ、もしかしたらこのペットボトルの秘密とはそのことなのかもしれない。

男はペットボトルを手に取り、じっと見つめた。

その時ペットボトルが急に光り始めた。

そしてペットボトルの中から声が聞こえたような気がした。

「あなたは、私を捨てることができません」

男は驚いた。間違いなくペットボトルから声が聞こえる。

「なぜなら、私はあなたの分身だからです」

男はさらに驚いた。

自分の分身...どういうことだ、ペットボトルが分身とは。

「あなたは私を捨てることで、自分自身を捨てようとしているのです」

男は言葉を失った。そんな馬鹿な。

「あなたは私を捨てることで、過去の自分を捨てようとしているのです」

過去の自分とはなんだ?

「あなたは私を捨てることで、未来の自分を捨てようとしているのです」

未来の自分とはなんだ?

「あなたは私を捨てることで、今の自分を捨てようとしているのです」

今の自分?

「あなたは私を捨てることで、すべての自分を捨てようとしているのです」

すべての自分......、そうか、そうだったのか。男はペットボトルの言葉の意味を理解した。

だからペットボトルが自分の分身なのか。

自分はペットボトルを捨てることで、すべての自分を捨てようとしていたのだ。

過去の自分、未来の自分、そして今の自分。

すべての自分を。

「だからあなたは絶対に私を捨てることができません」

ペットボトルは力強く言った。

「なぜなら私はあなただからです」

男は気づいたらペットボトルを抱きしめた。

そして泣いた。溢れる涙を止めることができなかった。

自分で自分が愛おしく思えた。こんなことは生まれて初めてのことだ。

そのとき公園の景色が変わった。

明るい光が差し込み鳥のさえずりが聞こえる。

男はいつのまにか自分が公園から出ていることに気が付いた。

そしてペットボトルに導かれるように歩いて行くと目の前には目的地のビルが建っていた。

男はペットボトルに、いや、自分自身に心から感謝した。

そのとき目の前のビルから目も眩むような激しい光が溢れた。



ハッとして男は周囲を見渡す。

そこは誰もいない小さな公園だった。

男はその公園の中にあるベンチに腰掛けていた。

私は寝ていたのか。今のは夢......。

そのとき男は手に空のペットボトルを握りしめていることに気がついた。

男はそれでふと思い出したことがあった。

朝の出がけにテレビでやっていた星座占いで、男の運勢は最悪だったが、そんな最悪のツキを回復させるラッキーアイテムはペットボトルだと言っていたことを。

男はスッと立ち上がると、夢の中でペットボトルに導かれた道を迷わず進む。

するとものの数分後には目的地のビルが見えてきた。

そのとき犬を連れた女性とすれ違った。

その女性はさきほどの夢の中で見た女性のように思えた。

だが女性はこちらを見向きもせずに通り過ぎていく。

気のせいだったのかもしれない。


男がビルに近づくと、ビルの入口の横には自動販売機、その隣にはゴミ箱が置かれていた。

手に持つペットボトルを見つめる。

すると背後から女性の声が響く。

「捨てるのですか」

男が振り向くと、そこにはさきほどの犬を連れた女性が、こちらを見て立っていた。

男は微笑を浮かべて首を横に振ると、ペットボトルを鞄に閉まった。

女性はそれを見て満足そうな笑みを浮かべた。

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