シュバリエ
「──そう来ると思ったぞ」
喉が潰れているのもあるが、明らかにシュバリエ自身が礼儀作法よりも直感を優先するなと思い予め触手で防御する準備をしていて正解だった。
しかしまぁ、本当に遠慮が一欠片もないな……切断こそされなかったが、触手が大斧に当たった瞬間、大きく凹んだぞ。
「……」
蠢く触手をどうにか切断出来ないかと力を込めている様だが、初撃で俺の首を獲れなかった時点で無駄だぞ。
「『銀の暴君』、シュバリエ。俺はお前が気に入った。俺の女となれ」
「……」
ジッと黄金の瞳で俺を見つめながら、ゆっくりと言葉を咀嚼する様に小首が傾げていく。
言われた事を理解していない訳ではないだろうがっと、効果音が出てそうな勢いで後ろに逃げたな。
「……」
「自分と俺を交互に見てどうした?」
「……」
「ん?腕の傷や腹の傷を指さして何がしたい?」
会話が出来ないというのは不便だな……ああやって、自分の全身にある傷を一つ一つ指差しているシュバリエの意図を俺が汲まなきゃならない。
右腕にある噛み付かれた様な傷、左肩に残る切り傷に顔には引っ掻かれた傷跡か。
特に大きいのは腹部にある周囲の皮膚に比べて白っぽい傷になっているのは……駄目だな俺の知識では分からん。
「……」
「おい、俺が理解出来ないからとジト目になるな。絶対呆れてるだろお前」
「あっははは!!今度は君達の殺し合いが始まるかと思ったら、なに漫才やってるの?ウケる!!」
「あぁ。良いところに来たアスモ、シュバリエが何を言いたいのか分かるか?」
おい、何故追加で笑い出すアスモ。
お前は俺達のやり取りを楽しんでいるから良いが、俺は意図が汲めなくて対応に困るんだよ。
「あー、おもしろ……シュバちゃんは『こんな傷だらけの女を希望するとか正気?頭に蛆虫が湧いて正常な判断出来なくなってるんじゃないの?この変態』って言いたいんだよ」
「……」
「もの凄い顰めっ面で頷いてるぞ……シュバリエ、アスモが言ってる内容の細部は違うが大凡の意味は合ってると思って良いのか?」
「……」
今度は真剣な表情で頷いたな。
なるほど……まぁ、確かにシュバリエの全身にはこれまでの戦いで刻まれた傷が痛々しいと呼べる次元であるし、肌艶も戦士として過ごしていたからアスモに比べてガサガサだし、女として求めるのは理解出来ないのかもしれないな。
「その傷も含めてお前だろうシュバリエ。そもそも俺はミヒャエル家の当主として、お前の状態を知った上で此処に足を運んでいる。見目が悪いというくだらん事柄で、拒否するのならこんなところに来ていない」
「……!!」
「傷がどうしたと言うんだ?欲した女が歩んできた人生を受け止めきれぬ程俺は小さい男ではない。仮にお前に傷がない状態で出会っていたとしよう。確かに見た目の良いお前に傷がなければ、より愛らしく映るだろうな」
手入れの行き届いた銀の髪に、恐らくしっかりとした視力を宿した金の瞳は瑞々しい白い肌によく映える事だろう。
俺では聞くことの出来ない声も見た目相応に愛らしく、人混みに紛れていたとしても聞き逃すことはない美声で名を呼ばれればきっと計り知ることの出来ない幸福感に満たされるであろう。
「……」
「だがな、それは俺が欲した『銀の暴君』シュバリエではない。武器を握り魔物と正面から戦う強さを持ち、死を前にしてなお恐怖を抱く事なく睨み続ける事が出来る女だからこそ欲するに値する」
傷が目立つ?そんなものは戦士であるのなら当たり前、寧ろ誇りとするのが正しい在り方だろう。
声が出ない?言葉などなくとも意思疎通は計れるし、嘘を吐かれる心配がない。
「──この言葉を聞いてなお、己を恥じると言うのならそれでも構わん。自らの不足を研鑽により積み上げるのもお前の強さの本質だろうからな。だが、決して忘れるな。シュバリエ。このガリウス・デ・ミヒャエルはお前の人生を全て愛し、欲しているという事を。それを否定するのは例えお前自身であっても許さん」
数多の世界に存在するシュバリエを知ったとしても、俺が愛し欲するのは今、目の前で驚きで目を見開き顔を真っ赤にしている『銀の暴君』の二つ名を冠するほどに苛烈な人生を生きてきたこのシュバリエだけだと絶対の自信を持って誓える。
「わぁ……ほんと好意の伝え方が凄いねぇガリウス」
「茶化すなアスモ。あぁ、言うまでもないと思うがシュバリエを構ってお前に割く時間が減るとかはないから安心しろ」
「色欲を願ったんだから何も心配してないよ〜っだ。あ、でも少しでも寂しいって思ったらカプッとしちゃうかもぉ?」
「あぁ。好きにしろ」
求めた女を満たす事が出来ないのならそれは俺が悪い。
何を対価にされたとしても再び、満たすまで払い続けるのは当然の事だ……無論、そんな甲斐性無しになるつもりは端からないが。
「もう一度だけ言う。シュバリエ、俺の女になれ」
なにを言っているんだろうって理解が出来なかった。
だって、こんな全身傷だらけで声も出せないし、戦う事しか能がない私みたいな女が欲しいなんて言ってくる男の子が居るなんて考えた事もなかったから。
あぁ、でもこうなる前のの村で平和に過ごしていた私は考えた事があった気がする。
いつか、すっごく強くて伝説の黒龍を倒せちゃうぐらいの人と出会って、好きになるんだーみたいな現実味が全くない夢物語。
でもでもだって、村はすごく平和で遊びも少なかったから子供はみんな、おとぎ話が大好きで空想をするのが1番の遊びだったから仕方ない。
でも……奴隷として捕まって、反抗的だからって色んな動物や人間と戦わされて、傷が一個ずつ増える度にそんな夢は忘れていった。
『こんな傷だらけの身体じゃ、綺麗なお洋服が似合わないから』
時折、やってくる綺麗な格好をした女の子を見て、良いなーって思う度に自分の身体が嫌いになっていった。
ああいう綺麗な格好は傷一つない綺麗な子がするから似合うのであって、私なんかが着ても絶対に似合わないって分かっちゃったから。
「傷がどうしたと言うんだ?欲した女が歩んできた人生を受け止めきれぬ程俺は小さい男ではない。仮にお前に傷がない状態で出会っていたとしよう。確かに見た目の良いお前に傷がなければ、より愛らしく映るだろうな」
だから、見た目がなんだって言っておきながらこんな事を言ったこの人にしょんぼりした。
やっぱり、そうなんだって必死に目を逸らしていたのに見せつけられた様な気分になっちゃったから──でも違った。
「だがな、それは俺が欲した『銀の暴君』シュバリエではない。武器を握り魔物と正面から戦う強さを持ち、死を前にしてなお恐怖を抱く事なく睨み続ける事が出来る女だからこそ欲するに値する」
この人は私が作った『綺麗な私』という幻想を壊して、『本物の私』を欲しいと言ってくれた。
それが嬉しくて嬉しくて、今日まで必死に死にたくないって生きてきた私が無駄じゃなかったんだって肯定されて、今まで一度も感じた事がないくらいに心臓がうるさくなった。
「わぁ……ほんと好意の伝え方が凄いねぇガリウス」
「茶化すなアスモ。あぁ、言うまでもないと思うがシュバリエを構ってお前に割く時間が減るとかはないから安心しろ」
「色欲を願ったんだから何も心配してないよ〜っだ。あ、でも少しでも寂しいって思ったらカプッとしちゃうかもぉ?」
「あぁ。好きにしろ」
そのすぐ後に一緒に来てたなんか、良い空気じゃない女の子とイチャイチャし始めたのはちょっと……いやかなり許せない事だったけど。
ちょっとだけ頬を膨らませて見ていたら、この人は距離を取っていた私の方まで歩いてきて怖い顔にちょっとだけ優しく見える笑みを浮かべながら手を伸ばしてきた。
「もう一度だけ言う。シュバリエ、俺の女になれ」
黒龍を倒せちゃう程、強い人なのかは分からない。
けど、あの魔物相手に一方的に戦えて、私の不意打ちを防ぐ事が出来る強い人。
傷だらけで声も発する事が出来ず、戦う事だけが取り柄の私なんかを本気で愛しているとか言っちゃう変な人。
もしかしたら小っちゃい女の子だったら誰でも良いのかもしれない変態な人。
顔は怖いし、誰から構わず助ける様な善人ではないし、きっと興味がなければ平気な顔をして他人を見捨てる悪い人。
だけど、私がどんな事になろうとも、絶対に愛を注いでくれる人。
「……」
「ッッ……変わった返事だなシュバリエ」
向けられた左の薬指を思いっきり噛んで噛み跡を残してあげた。
この人……ガリウス様ならこの意味を理解してくると思ったから。
「お前が望むのなら一流の職人に指輪を作らせるが」
「……」
「そうか。いらないか……なら、今後も噛み続けるか?」
「……」
あぁ、やっぱり理解してくれた。
ガリウス様は私の傷も含めて愛してくれると言ってくれたから、この先もずっとずっと私が残す傷も愛してね?