願望の源
ガリウス・デ・ミヒャエルこと俺には前世と呼ぶ記憶がある。
全く知らない建築方式で建てられた見上げるほどの大きな建物が無数に乱立し、踏み固められた土でもレンガでもない黒い地面を酔いそうになる程の多くの人々が歩む光景を。
「(……なんだコレは?)」
5歳の頃、原因不明の高熱に苦しみ己の意識を取り戻した俺は夢としか思わなかった光景が確かな記憶として脳に焼き付いている事に驚いたが、既に神童と持て囃されていた理性はあっさりとコレを受け入れる事を選んだ。
それからというもの前世の記憶よりも数段、数段劣っているこの世界が酷く退屈に思え子供らしい表情などは全く表に出なくなってしまったが、親父殿は大して気にも止めず俺が俺らしく生きる事を認めてくれた。
「ふむ。ハーレムか」
そんな日々が続いたある日、前世の記憶が『大門寺 太郎』という退屈な男のものであると知った。
名が書かれた紙を持っていたからという理由だが、見慣れぬ服装に少々太い身体を窮屈そうに着込むこの男は異性に相手をされず、やたらと薄い本で美麗な女達が多く出てくる本を愛読していた。
「はぁ、はぁ、ハーレム……いいなぁ」
我が記憶ながら嫌悪感を覚える声で呟く大門寺が、何かを思い出した様に金と思われるものが入った物を手に家から出ると、凄まじい速度で走る物体が飛び出してきた少女に気付かず、激突しそうな瞬間に出会した。
俺はそれを見ながら終わったなと冷めた目で見ていたのだが、大門寺という男は太い身体からは想像出来ない瞬発力で少女を押し出した。
「──あぁ、くそぅ」
悔しそうにだが、少女を助けた事で何処か満ち足りた様子の大門寺は勢いよく跳ね飛ばされ……此処で記憶は途切れているがまぁ、死んだのだろうな。
念のため、自らに確認するが『大門寺 太郎』と『ガリウス・デ・ミヒャエル』は全くの別人だ。
なんの因果が奴の記憶を有しているからとは言え、俺の自意識は己をガリウスだと肯定しているし、大門寺であれば此処まで冷え切った思考は出来ない。
だが、俺と奴は何処か切れぬ繋がりがあるのだろう。
「お前の代わりという訳ではないが、死ぬ瞬間までも願っていたハーレム願望。この俺が叶えよう」
目を閉じ想像する。
玉座に座る俺へと侍る見目麗しい女達を。
「──あぁ、良いな。実に良い」
感じたことのない高揚が全身を駆け抜け、自然と笑みが浮かび上がった。
「──とまぁ、こんな感じだ。俺がハーレムという願望を抱いた理由は」
「なるほどねぇ。前世の雑魚おじさんのせいで見事に性癖が壊れちゃった訳だ。あ、それと倫理観もかな?」
「揶揄うな。ソレに関しては元からだ」
親父殿を殺し、アスモを引き連れて上へと戻れば屋敷の使用人共に騒がれたがこの屋敷に残っているのは皆、我が一族が悪魔と契約する事を知った上で甘い蜜を啜る事を選んだ欲深い連中だ。
俺が確かな実体を持つ程に高位な悪魔であるアスモを呼び、契約が成立している事を理解するや否やもう普段通りに振る舞っている。
「どうせ俺が大門寺の記憶を有しているのも親父殿とその悪魔が仕組んだ結果だろう。それで死んだのなら自業自得だ」
「うっわぁ〜ゲス顔だぁ。あはは!アスモちゃんはそういう顔好きだよ!」
「そうか。しかし、悪魔は契約者を得ても尚、影の様な姿でしか現れる事は出来ないと聞いていたが」
目の前のアスモは見た目こそ、子供だが触れば生命らしい熱もあるし真っ白な肌はモチモチと柔らかく暇があれば触り続けたい衝動に駆られる程、確かな肉体を持っている。
てっきり、使用人共を黙らせる間だけの気合いか何かで姿を保っているのかと思ったが、既に二時間以上はこのままだ。
「あぁそれ?そりゃあ、アスモちゃんがガリウスの願った『色欲』に応じる悪魔の中で最高位だからだよ。たっぷりと魔力を注いでくれるからこーんな愛らしい実体を持つぐらい簡単だよ☆」
臍の辺りを撫でるな。
俺はまだお前に手を出していないだろう襲うぞメスガキ。
「……悪魔一体を実体化させ続けられる程の魔力か。魔法使いにでもなれば良かったか?」
「あはっ!もしガリウスがその道を選んでいたら真理に辿り着いたかもね。でも、ざ〜ん〜ね〜ん!!アスモちゃんと契約して、眷属にまで手を出した今、その可能性は全部アスモちゃんに注ぎ込んで貰いま〜す!」
椅子に腰掛ける俺の膝の上に自らを擦り付ける様に座りながら、頬を撫でる仕草は色欲を冠するに相応しい淫靡だな。
「私達、悪魔は契約に従うしその範疇ならどんな無理難題だって叶えてあげるだけの力を持つよ。けどね?ふふっ、人間一人に許されている運命の総量は決まっているの。これから先の人生、色欲が満たされる事は約束してあげる。でも、それ以外は決して満たされる事はないから覚悟してね?」
赤い瞳が俺を射抜く。
裁定者の如き、この瞳はアスモへの返答に嘘がないか見抜く気満々という感じだろうな。
尋ねられるまま、前世の記憶を教えた時点で俺はアスモに人生を縛られる事を認めたと示したつもりだったのだが、どうやら足りなかったらしい。
「ふむ」
「へ?あ、んんんっッッ!!」
アスモの肩に手を置き、艶の良い唇に俺の唇を重ねる。
色欲を冠する癖に俺が接吻をしてくるとは予想していなかった様で、驚き目を見開くアスモの顔が面白くすぐに離れるつもりだったものを十数秒ほど継続させてからゆっくりと離れてやった。
「これが俺の答えだ。例え家を失い、名も知らぬ土地で果てる事になろうとも、例え戦場で心臓に剣が突き立てられる事になろうとも、この最期の瞬間にアスモ、お前が俺の隣に立っていればそれで良い」
「……あはっ!!あはは!!!あんな熱烈な接吻をされて疑うのは無理だけど、本当に本心で言ってるよ!!欲に濡れた俗物なのか、時代を変える英雄なのかさっぱり分からないや。うんうん、でも良いね!!アスモちゃんはそういう混沌だぁいすき!!」
余程、興奮しているのだろう美しい子供の姿のままだが、頭部からは山羊のツノが二本飛び出しお尻の辺りからは鋭い牙を持った蛇が俺の膝に巻き付きている。
魔性と呼ぶべき赤い瞳は蒸気した頬にも負けずに、より赤く真紅に染まり上がり蕩けた瞳で俺の欲を掻き立てる。
「……色欲に相応しいなアスモ」
「アスモちゃんの色香に獣にならないのも良いねぇ……ねぇ?ガリウス、食べても良い?」
「お前がそれを望むなら良いぞ」
「やったぁ!!」
はしゃぐアスモを抱き上げ、すぐ近くのベッドに彼女を押し倒せば男誘う蕩けた瞳と、伸ばされた長い舌が子供の外見とは見合わない色香を漂わせ思わず、ごくりと唾を飲み込む。
「ふふっ。どうしたのぉ?アスモちゃんの色香に怯んじゃった?」
「はっ、抜かせ。俺の方がお前を食ってやるよアスモ」
「あはっ!!それは楽しみだね」
──日が登り、また沈むまで俺達は互いを貪り合った。
味?語るまでもなく、最高だったよ。
えっち