七体の悪魔
「ほぅ。貴族専用とは言え、所詮は貸し出しの屋敷。然程期待はしていなかったのだが中々、俺の好みの調度品を取り揃えている」
どれも一流の品である事が分かる程には豪華だが、装飾の一つ一つが過剰ではなく落ち着いた印象を与える調度品。
貴族特有の金があるアピールを兼ねた見栄張りとは言え丁寧に扱おうとも生活の中で使用する物であるが故に、劣化していく品にまるで美術館で飾る様な装飾を施す行為ほど無駄なものはないからな。
「この辺りは『太郎』の感覚か。奴の感性と俺の感性が混ざり合っているのは分かるが自己認識は変わらずに俺のままなのは何故だろうな」
今はシュバリエを含む使用人達はこの部屋以外の準備をしているのを良いことに独り言を溢す。
姿見の前に立てば相変わらず悪人と評するべき、目つきの悪さと欲望に濡れた瞳を持つ我ながら整っていると思える用事があり俺はその姿に何一つの疑問も抱かずに俺であると認識している。
「前世とやらが目覚めたのなら、ただの子供であった俺の自意識など食い潰されても不思議ではないが……ふむ。太郎の自我が弱かったか或いはニホンという生まれのせいか」
他人の顔色を伺い、一人である事よりも群れである事を優先する極めて高い社会性を有しているのは分かるが、今の色欲を満たすのが最優先である俺からすれば退屈の一言だ。
自分がやりたい、成すべきだと思った事柄すら他者の顔色を伺い立ち止まるなど……滑稽にすぎる。
「だからこそ俺に食い潰されたか『太郎』」
姿見に映る己へと手を伸ばし、虚像と触れ合ってみるが引き込まれたり勝手に話し出す──などという事はなく、変わらず俺という自我は続いている事を再確認した俺は姿見に背を向けるのと同時に新たな問題へと頭を切り替える。
「皇帝まで契約者となると帝国の中枢にも悪魔はしっかりと関わっているのだろうな」
我欲を捨て去り一族の繁栄にのみ心血を注いでいた我が父よりも、学園で見た皇帝は俺と同じ我欲に満ちた気配を漂わせていた。
今はまだ皇帝の欲が何かを知らないが、あの場でわざわざ俺を見つめながら煽ったという事は互いの欲が干渉し合う事を勘付いていると考えた方が良いだろう。
「……あの口振りからして人間の欲望を肯定する側である事は確かだろうが……仮にどんな願いが知っているか尋ねればお前は教えてくれるのか?」
「残念だけどアスモちゃんは知らないよぉ?自分以外の悪魔が誰とどんな契約を結んでいるかなんて全然興味ないしねぇ〜」
「そうか」
俺の影から当たり前の様に出てきたアスモの柔らかな身体がまるで蛇の様に絡みつき、耳元で囁く様に答える。
「俺は俺の欲望を満たす事が出来ればそれで良い。故にこの質問にお前が沈黙を選ぼうとも契約を破棄する事はない」
「ふぅん?なになに?同じ悪魔の契約者と出会って緊張しちゃった?ガリウスってば可愛いね!!」
「茶化すな。お前達悪魔は何故、俺達人間と契約を結ぶ?欲望の名を冠し、それに見合う力を持つお前なら態々人間と契約する必要などないだろう」
契約を結ばねば俺が今生きているこの世界に干渉する力を持たないのかもしれないが、だとしても俺が異性を操るときに使用する『誘惑の蛇瞳』があるのだからそれで俺を操り奴隷としてしまえば自由に動ける筈だ。
「あはっ☆知りたい?知りたいよねぇ!ガリウスがこの肉体以外に興味を持つのは珍しいもんねぇ?」
「……」
白魚の様な指が頬に触れ、首を折る程の力はないが抵抗を許さない力で色情を煽る魔性の赤い瞳へと顔を向けさせられる。
そこには普段のメスガキ然とした雰囲気のアスモではなく、人間とは明らかに違う雰囲気を纏った《《上位者》》としてのアスモがいた。
「悪魔には七つの強力な力を持つ者達がいるんだよねぇ。どいつもこいつも癖が強い連中なんだけどさ、揃いも揃って大昔に《《カミサマ》》って存在に封印されたのさ。ガリウスの身に置き換えるなら皇帝が突然、消え去るみたいな感じでもう悪魔達は大混乱!!」
「だから人の欲望を欲していると?」
「アハハッ!!話が本当に早いねガリウスは。そうだよアスモちゃん達は復活の為に力を欲しているの。本当なら自分で叶えれば良いんだけど、《《カミサマ》》の存在がある以上、大手を振るってとは無理だよね。そこで考えました!!復活させたい悪魔の冠している欲を誰かに叶えて貰えば力になるよねって」
なるほど……欲望の名を冠しているだけあってその欲を叶える事が自身の力と繋がっていると。
俺達が生きるために食事を必要としているのと同じでこいつら悪魔は、自身が冠してる欲を叶えなければいつか力を失う存在……いや、そう考えるのは早計だが少なくとも封印されている奴は自由になる為に欲望を満たす必要がある訳だ。
「つまり今ここで俺に絡んでいるお前は分霊か何かという訳か。アスモ」
「──あはっ」
「ッッ!?」
絡みついていたかと思えば離れたアスモが裂けるんじゃないかと思うほどに口を歪めながら、俺を背後の壁にぶつける──壁ドンとかいうどうでも良い知識が太郎から思い出されたな。
身長差がある為に記憶にある光景よりも腰の辺りに手を置かれたものだが、相手が相手のせいだろうな威圧感が凄まじい。
「どうしてアスモちゃんが封印されていると思ったのカナ?」
「……触手やスワンプマン、我が父が契約していた悪魔は自身の力を用いて繁栄を与えていたがお前は眷属を用いていた。その時点でお前は少なくとも父が契約していた悪魔よりは上位だろうと思ったのが一つ」
「ふんふん。それで?それだけじゃあアスモちゃんが使い勝手の良い駒を持つ中位って可能性だってあるよ?」
俺がどの様に考えてアスモが封印されている七体の悪魔か推理したかなんて、分かっているだろうに……まぁ良い。
その楽しげな表情と壁ドンという貴重な体験をさせてくれた礼に答えてやる。
「ふん。お前は悪魔達は大混乱と言った。不思議だな?お前は自分自身を呼ぶ時はあざとくアスモちゃんと呼ぶのに悪魔達とまるで、有象無象を指す様に呼ぶなんて」
ニンマリと嗤うアスモの笑みがより深まっていく。
「そうやって他者と線引きがある発言をするのは俺と同じ貴族……つまり、生まれながらに他者とは違うという自負を持つ者だけだ」
「あはっ……あははっ!!賢いとは思っていたけど本当に賢いねぇガリウス」
頬を撫でキスをするんじゃないかと思うほどに顔を近づけてきたアスモは俺の首に蛇の如き、長い舌を這わせるとゆっくりと離れていき律儀に着ている丈の短いスカートを摘み上げると何処かの令嬢の様に頭を下げる。
「──我が契約者ガリウス。改めて挨拶を、七つの欲を冠する悪魔が一体にして、原初の三欲が一つ『色欲』の悪魔アスモ・フレイヤなりや。我が願いは自由。契約者よ、変わらず汝の願いを叶え続けよう。その果てに我が不自由を解放してくれ」
この契約の果てに何が待っているのかは分からないが、欲望を満たしていく内に皇帝が障害となるのは確かな事だろう。
あの皇帝がどの様な悪魔と契約しているかは知らんが、世界は己の欲望を全て満たそうとする男が二人いて激突しないほど広い世界ではなく、ましてや両者共に復活を望む悪魔が関与しているのだから激突しない筈はない。
だが、俺にとって色欲を満たすというのは何よりも優先すべきそれこそ、命を賭けるに値する命題だ。
アスモの言う解放が世界にどの様な影響を及ぼすのか分からんが、今ここで俺が下す答えは決まっている。
「良いだろう。改めてその契約を結ぶぞアスモ・フレイヤ」
指を軽く噛みちぎってからアスモへと手を伸ばせば、彼女は血が流れる指を手に取り自身の口へと運び血を飲み込む──その瞬間、アスモとの繋がりがより一層強くなったのを直感的に感じた。
「……あはっ、まさかこんなに早くバレるなんてねぇ。アスモちゃん予想外!」
「ふっ、その点は皇帝に感謝しなければな。あの男に出会わなければ何も疑問に思わなかった」
壁ドンによって乱れた服を整え、椅子に座ればまるで猫の様にアスモが膝の上に乗ってくる……おい、服を整えた意味がないんだが?
「皇帝かぁ。じゃあアスモちゃんからご褒美をあげちゃう!!纏ってる雰囲気からってだけだから確証はないという事は先に言っておくね」
「ほぅ。珍しいなお前が自信なさげというは」
「そういう時だってありますぅ!!……皇帝は恐らく二体の悪魔と契約をしている。アスモちゃんと同じ七つの欲を冠する悪魔を」
予想をしていなかった訳ではないが、あの皇帝は随分と我欲に塗れた男らしいな。
だがまぁ、一国の皇帝として君臨している男だ、それくらいの欲望がなければ不思議というものだ。
「そうか。それは随分と──競い合いがあるな」
俺の言葉にアスモが楽し気に笑うのを聞き届け、腹の上から感じる熱いぐらいの体温を楽しむことにした。
さて、明日からの学園生活が更に楽しみになったな。




