色欲は例外なく欲する
『皇立テロスミラ貴族学園』
帝都ドラグーンにあるいつの皇帝だったかは忘れたが、皇帝自ら作る様に命じた貴族とその従者のみが入学する事を認められた四年制の学園である。
「二つの大きな塔を繋ぐまるで城と見間違う校舎……流石は皇帝自ら命じただけはあるな」
これから俺達の政治の場になるとは思えないぐらいにはな。
当然と言えば当然だが、貴族の子息・子女が集まる場という事は将来の皇帝や近い地位を持つ者と友愛を育み、後々に有利になる様な関係作りが盛んになる。
無論、人間である以上、キッカケの如何によっては突然、自らよりも上の地位である者とお近づきになれるかもしれないがそれは夢物語と言って過言ではない。
「凄い馬車の数だねぇ。アスモちゃん達みたいに家紋が描かれた旗を付けてるのもあるし、なんだかお祭りみたい?」
「確かに貴族じゃない平民達から見ればこの行列は祭りかもしれないな。だが、俺達、貴族からすれば既に勝負の場だ」
「ん?どゆこと〜?」
「馬の管理というのは金がかかる。専門の人材に餌、住処を与え馬車を引けるように調教も施す。お前達は当たり前の様に使っているが、こんなものは金がある貴族だから容易く用意出来る代物だ」
馬車の外に目を向ければこれからの学業に向けた荷物を持ち、テクテクと歩く俺と同じ白い制服を着た者達も混ざっているが、彼らは総じて馬車という《《見栄を張る》》事が出来ない者達だ。
そんな彼らを見下す様に通り過ぎる貴族達を見れば、この場が格付けの場である事は分かるだろう。
「ああやって馬車を用意出来なかった者はこの時点で、学園での生活が苦しくなる。貴族とはそういう生き物だからな」
「……」
「あぁ。よく見ているなシュバリエ。今、お前が気がついた様に例外はいる。靴が汚れていない者はこの帝都に家を持つ者達だ。見ろ、彼らを追い越す貴族達は視線を逸らしている。実に分かり易いな」
事前に入学が出来るのならこんな手間はないが、入学の日は今日この一日だけ。
帝都に住んで居ようが、この行列に並ぶことになる。
一応、馬車と徒歩で受付場を分けているらしいが長蛇の列になれば関係ない。
「ふぅん。つまり、ガリウスは勝ち組って訳だね!」
「間違ってはないな」
それもどこまで続くのかは分からないがな。
繁栄という願いを捨て去ったミヒャエル家がこのまま、何もかもが上手くいくなんて楽な話はないだろう。
「ん?アスモちゃんを見つめてどうしたのぉ?あ、もしかして見えそうで見えない下着に盛っちゃった?」
「……いや。お前の気まぐれ次第かと思っただけだ」
「あはっ!」
俺が何を考えていたのかアスモも理解をしたんだろうな。
金で見栄を張る事で並の人間とは違うとアピールする俺や、優れた身体能力という才能に恵まれたシュバリエとも違う、本当の意味で上位存在として君臨する悪魔としての捕食者を連想させる笑みを浮かべていた。
「ほぅ。魔力検査か」
「はい。これからご入学される皆様には等しく受けて頂いているものです。貴族にとって魔力は有していて当たり前のものではありますが、その質や量は様々です。ですので、適切な教えの為にも一目で分かる様にさせていただきます」
眉間に皺を寄せた実に神経質そうな男だが、俺達を見ても必要以上に遜る姿をしていないのは好印象だな。
貴族とは言え教師と生徒の力関係が逆転していては余計な問題を生み出しかねない……まぁ、クラス崩壊とやらを引き起こした大門寺の記憶があるからそう思うだけだが。
「この水晶に触れれば良いんだな?」
「はい。魔力の質と量に応じ、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤、黒という順番に輝きます」
テーブルの上に置かれた丸い水晶体。
これに手を乗せれば良いらしいが、恐らく俺は黒という結果が返ってくるだろうな。
「ミヒャエル家のご子息であれば最低でも青は堅いと思われますが……は?」
「やはりな」
「わぁ、見事に真っ黒だね!!ガリウスってば雑魚ざ〜こ」
「……?」
お前と契約をしているからだろうアスモ。
俺の魔力はアスモを実体化させておける程の質と量を持つのは知っているが、彼女との契約で可能性を奪われているが故に最低の結果を叩き出したのだろう。
使える魔力がアスモに全て注がれているのか、彼女の眷属や権能に類するものにしか使えないという方向性を与えられているのかどちらかは分からないがな。
「……失礼ですが本当にミヒャエル家のご子息ですか?」
「ククッ、そう疑いたくなる気持ちは分かるが見ての通り、ミヒャエル家の家紋を身に付けている。これで血を偽れば俺は死刑だ……そんな愚か者に見えるか?」
「……いえ、失礼しました。では──「おいおい!!名誉あるこの学園に黒色とは。何処の娼婦から産まれたんだ?」……」
おぉ、目の前の男の表情が完全に死んでいる。
それもそうだろうな、刺繍に組み込まれたミヒャエル家の証を見抜き、どうにか失言を回避したところにこんな発言が飛んできて俺の機嫌が悪くなれば自分にも被害が起きるかもしれないのだから。
「はっ、一丁前に従者を二人連れ込んでるみたいだが、どっちもチビで片方は娼館がお似合いの格好じゃねぇかよ。ハハハ!!これは傑作だな!!劣等の黒色ってのは自分を産んだ胎でも求めてんのか?」
「……クイントゥス第五皇子」
「序列を口に出すんじゃねぇよジュリアン卿」
「ほぅ。聞くに耐えない口の悪さ……誰かと思えば皇子であったとは」
振り返りその顔を拝んでやろうと思った瞬間、俺の視線は奴と奴が連れている複数の従者ではなく《《婚約者》》を示す赤い制服に身を包んだ一人の女性に奪われた。
制服の赤色に負けない燃える火を連想させる赤髪をサイドポニーに纏めて、顔を黒いベールで隠してはいるが透けて見える素顔は年不相応の綺麗な顔立ちで赤色という印象が与える活発さとは逆をいくクールさを感じられる美しい顔立ち。
「あぁ?劣等が誰に向かって口聞いて──ガッ!?」
邪魔な男を退かして、俺が件の女の前に立つと黒いベールの下で閉じられていた翡翠色の宝石の様な瞳が僅かに俺を見上げ──瞬間、ゾクゾクとした感覚が背中を走り確信した。
《《俺はこの女が欲しいと》》
「あはは!!普通目の前でやる?此処、人沢山いるんだよぉ?」
「……」
「俺はガリウス・デ・ミヒャエル。お前の美しき名を教えろ」
彼女の手を取り、触れるか触れないか程度の口付けを手の甲に落とす。
再度、俺が視線を合わせると驚愕に見開かれていた瞳がゆっくりと刃物の様な鋭さに変わっていき──パチンっと乾いた音が響き渡る。
「──私はクイントゥス様の婚約者と知っての狼藉ですかミヒャエル卿」
「あぁ……先程までのお淑やかにお高く纏っている姿より、俺に怒りを向けるその姿の方が惹かれるな」
「なっ!?へ、変態!!」
「自覚しているとも」
ビンタをされた右頬が熱を持つが、彼女を見て高鳴った心臓が齎す熱よりは余程涼しいとすら言える。
「イザベラは俺の女だ。気安く触れてんじゃねぇよ劣等」
「ほぅ。イザベラというのか。わざわざ名を教えてくれてありがとうクイントゥス第五皇子」
「テメェ……」
悪いが今はイザベラを視界に収めるのが優先事項なのでな。
お前がどれだけ掴んでいる右肩に力を込めようとも振り返るつもりは一切ないぞ第五皇子。
「イザベラ。後でゆっくりと邪魔者が居ないところで話をしようか」
「ッッ!?……いえ、この身はクイントゥス様に捧げたもの。貴方の様な無礼者と語る言の葉などありません」
魅惑の蛇瞳を弾いたか、益々欲しくなったぞイザベラ。
「テメェ良い加減に!?」
「では話が出来る機会を楽しみにしているイザベラ」
我慢の限界といった風に殴りかかってきたのを避け、ジュリアンと呼ばれていた神経質そうな男が用意していた学生証を受け取りアスモ達と共にこの場を離れる。
本当はもっと会話をしたかったが、流石に好奇の視線とジュリアンから感じ取れる魔力が濃くなってきたからな。
説教なら兎も角、魔法による体罰は些か面倒臭い。
「早速お目当てを見つけるとかやるねぇガリウス」
「……」
「あの女の攻略はそう簡単にはいかなそうだ。お前らにも手伝って貰うぞアスモ、シュバリエ。その分の褒美はたっぷりと夜に、な」
「それ、ガリウスのご褒美にもなってないってアスモちゃんは思っちゃったり!」
「……」
「あはっ!シュバちゃんも張り切ってるねぇ。鼻息が凄い凄い」
思ったよりも楽しくなりそうだな……この学園生活は。




