ドキドキワクワクの学園準備
「ふむ。まぁ中々、似合うんじゃないか?」
姿見の前に立ち、新品特有の汚れが一切ない真っ白な制服を着て軽くポーズを取る。
黒いシャツにネクタイにはミヒャエル家の家紋をあしらい、真っ白なブレザーに胸の辺りには帝国の紋章である黒龍と剣が金の糸でワンポイントに縫われていた。
「貴族を象徴する色が白で助かる。俺の黒髪や瞳の色によく映える……そうは思わないか?二人とも」
「自信満々だねぇ。アスモちゃんとしては魅惑の蛇瞳を使ってる時の方が好きかなぁ。今の真っ黒な瞳も好きだけどね!」
「……」
「首を痛めるぞシュバリエ。まぁ、そこまで同意されて悪い気はしないが」
出会ってから一年でメイドらしい立ち振る舞いを覚えた彼女だが、こういうところは全く変わっていなくて面白いな。
俺以外の前ではお淑やかな女が、俺の前ではまるで純粋無垢な子のように素直で愛らしい反応を見せる……しかも、これでいて夜はアスモに負けず劣らずに俺を求めてくるのだからたまらないものがある。
「ねぇ?ま〜だ昼間だよぉガリウス?そっちの思い出に浸るより前にアスモちゃん達に言う事があるんじゃないかなぁ?」
「ん。あぁ、そうだな。本当ならお前らには黒い服を着させた方が好みなんだが、まぁ従者指定の青の制服も似合っているな。ただまぁ、アスモ。そのスカートの短さとヘソ出しには拘りがあるのか?」
普段よりはまだ服と呼べるが、ちょっと激しく動けば下着が見えそうなスカートにヘソ丸出しのブレザー……これが許可されるのだから学園の校則の緩さには驚きではある。
まぁ、従者の格好は即ち主の評価に繋がるからこそ、学園側も変な格好はしないよね?という判断なのだろうな。
残念ながらアスモは例外だし、俺も下らん評価は気にしない男だ。
「……」
「シュバリエはアスモとは一転して、普段のメイド服に近いロングスカートにきっちりと肌を隠して良いと思うぞ。ふわりとスカートが広がった時に見える黒タイツが実に唆る」
グイグイと裾を引っ張って感想を求めてきたシュバリエは、全身の傷を隠す為にアスモとは対照的に素肌が殆ど見えていない。
両手もピチッと肌にくっつく黒い手袋で隠し、首元は元々の長い銀髪をストレートに下ろす事で隠す程に徹底している。
「シュバちゃんはガリウス以外に肌見せたくないもんねぇ」
「……」
「え?アスモちゃんのこれが理解出来ないって?あはっ!だってぇ、こうすればガリウスが視線をスカートの方に向けてくれるし、学園の男達を挑発すれば嫉妬する珍しい姿を見せてくれるかもじゃん?」
「……」
「はっ!その手があったか!!みたいな顔をするなシュバリエ。確かにアスモの絶妙に見えそうで見えない長さに調整されたスカートは、つい男として視線が奪われるがそれはアスモの妖艶さがあってこそだ。お前にはもっと別の魅力がある」
そう、分かりやすく言うならアスモは『目に見えるエロさ』だ。
自分の肉体美に絶対の自信を持つ色欲の悪魔が故に、惜しみなく全身を曝け出す姿は行動一つ一つが男の性を刺激してくるし、チラチラと過ぎる下着や健康的な太腿は慣れていても唆るものがある。
それに対してシュバリエ『目に見えないエロさ』だ。
彼女の俺以外には見せたくないという慎ましさと独占欲が入り混じった姿から、繰り出されるふとした色香……普段のシュバリエを知れば知るほどこれが堪らなく唆るのだ。
「別々の良さがあるから俺は退屈しない。だからお前はそのままでいろシュバリエ」
「……!!」
「うーん?なんか良い事を言ってる感じだけど、ガリウスの事だから自分の性欲に従ってるだけな気がするぅ」
そこ、折角シュバリエが目をキラキラさせて切ろうとしていたスカートの裾から手を離したんだから余計な事を言わない。
「ふっふふっ……仲良き事は良きかな。ミヒャエル家の血は潰えませぬなぁ」
「……ディートハルト。いつの間に入ってきた?」
「ちゃんとノックは致しましたよ。奥方との心地よいやり取りに随分と気を取られていましたので聞こえていなかったのかと」
裏切り者は皆、スワンプマンとしたし住み慣れた屋敷だからと気を抜きすぎて居たか。
ディートハルトのニヤニヤした視線が鬱陶しいが、これから向かう場所に向けて気を引き締めなければならんな。
「お前が来たという事は準備が出来たのか?」
「はい。我ら大ドラグノヴァ帝国の帝都『ドラグーン』にある『テロスミラ貴族学園』と向かう馬と彼方で当主様と奥方達のお世話をする人員が揃っております」
「よし。ならば行こうか」
柄ではないのは自覚しているが少々浮かれている為、声に熱が乗る。
待っていろ……俺がまだ知らぬ至極の美女達よ!!
「続々と陛下の臣下である貴族達から子息が学園へと入学するとの報が入っております」
「そうか」
豪華絢爛な大広間で神経質そうな男が傅きながら、玉座に座る大男へと報告を行う。
その玉座に腰掛ける者こそ、『第98代ドラグノヴァ皇帝ゼフィロス・ジ・ドラグ』その人であった。
「通例に従い、五年以内に子息を通わす事が出来ない貴族達には領地を取り上げ学園を卒業した優秀な者達へと割り振りをさせます」
「あぁ」
男の言葉にゼフィロス皇帝はさほど興味を向けずに淡々と返す。
しかし、生まれ持ったカリスマがなせる技か、それだけだと言うのに彼が言葉を発する度に空気が重くなっていく。
「続いてミヒャエル家のアルフレート殿が病に犯された為、当主の地位を息子であるガリウス殿に継がせるとのこと。学園への入学を折りに陛下へと挨拶を希望しております」
「良かろう」
「はっ。日程等はこちらで調整いたします。また、学園には皇位継承権5位の『クイントゥス』様と婚約者であられる『イザベラ・リ・グレイアス』様が通う事になります。つきましては陛下に学園を訪れていただき、挨拶を」
「構わぬ」
「はっ」
淡々と続く皇帝と男のやり取りは話が帝国の政治へと舞台を移しても変わる事はなく、続き全てを通しても一時間程度しか経たずに話が終わる。
これがこの帝国にとっての常である。
皇帝は君臨するだけで、殆ど統治には干渉せず実際に国を動かしているのは神経質な男の様な貴族達であった。
「……では私はこれで」
「あぁ。俗事は任せるぞ『ジュリアン』」
「はっ」
皇帝は戦い以外に興味を示さない。
ジュリアンは臣下の礼を示しながらも、皇帝には見えぬ様に眼鏡を直し眉間に皺を寄せるのであった。




