我が望みは色欲だ!!それ以外は何も望まぬ
とある屋敷の地下室。
幾つものピンク色の蝋燭に火が灯され、暗闇を蝋と同じ色に照らし出し、淫靡な香りを漂わせていた。
「我が一族は代々、悪魔との契約を執り行い繁栄を手にしてきた」
確かな年月を感じさせる白髪をオールバックにし、後ろ手を組みながら魔方陣の前に立つ男はこの屋敷の主人にして公爵の地位を持つ『アルフレート・デ・ミヒャエル』その人である。
自らが治める領地、そして所属する帝国においては聖人君子と言われる程の男が裏では悪魔と通じているとは誰も思わないだろう。
「お前も15を数えた。我が一族として悪魔との契約を結んで貰うぞ。ガリウス」
「……分かった。親父殿」
父親譲りの悪人顔のせいか、背が伸び始めたのもあり三年ほど前から大人に間違えられる事が多かったガリウス。
かなり無愛想な低い声で返事されたが、アルフレートは気を悪くした様子を見せず息子の手を取ると容赦なく、用意していた真っ黒なナイフで手のひらを斬り裂く。
「ッッ……」
「堪えたな。それでこそだ。ガリウス、血とは魔力を多く含む命の泉だ。これより先の人生、お前は流血する事なく全ての血を契約する悪魔に捧げろ。そして妻を娶り子を成せ。我がミヒャエル家の血筋を絶やす事は許さぬ」
「あぁ」
「ふん。改めて言うまでもなかったな。さぁ、魔方陣へと血を流し込め」
アルフレートの言葉に従い、魔方陣へと手のひらから流れる血を流し込めばまるで意志を持つように血が魔方陣を彩っていく。
やかで魔方陣の全てが血で満たされると、ガリウスは多くの血を失った事で悪くなった顔色のまま己の身に流れる魔力を解放させる。
「我が名はガリウス。ミヒャエル家が長子として誓おう」
口から発せられるのは契約の真言。
嘘偽りのない本心を口にする事で、それに応じる悪魔を呼び寄せる召喚術であり、アルフレートは息子がしっかりと覚えてきた事に安心を覚えながら頷いていた──すぐにそれが驚愕に変わるとは微塵も思わずに。
「命を捧げ我が望む欲は『色欲』なり」
「なっ!?ガリウス!!貴様、何故『繁栄』を願わない!!」
ミヒャエル家が代々、願ってきたのは一族の確かなる『繁栄』であったのだ。
悪魔が繁栄を保証するからこそ、この一族は戦場に立っても武功を立て続け、商業で金を手にし、政敵を蹴落とし、領地を拡大させ民に一度も反乱を起こさせる事なく栄えてきた。
故にそれを放り出した挙句、ただの色欲が満たされる事を願うガリウスにアルフレートは怒りを向けたのだ。
しかし、魔方陣から巻き上がる暴風がアルフレートの歩みを邪魔する。
「我が望みは数多の女を従え、己の欲の為に彼女らと過ごす事だ。それ以外は何も望まぬ!!我が望みに応じる悪魔よ。地獄の底より、我が欲の名に応えよ!!この身は如何なる、苦難をも受け入れよう」
アルフレートにとって、不幸な事にガリウスは長い歴史を誇るミヒャエル一族の中でも、最も高いと呼べる素質を持っていた事だろう。
もしも、アルフレートより才能が劣っていれば荒れ狂う魔力の風の中を突き進み、馬鹿な息子を殺す事が出来たのだから。
「あはっ!!すっごい魔力を感じて来てみればまだ子供じゃない!!でも、すっごい魔力……私でもクラクラしちゃう」
あらゆる生命体を小馬鹿にする声が聞こえたかと、思えば吹き荒れていた魔力がガリウスの目の前で形を成す。
透き通る様な真っ白な肌に、あえて大事な場所だけを薄い布で隠した踊り子の様な服装は彼女が発する淫靡な雰囲気も相まって男であれば本能が刺激されて堪らない衝動に駆られるのは間違いないだろう。
ガリウスを見上げる魔性の赤い瞳は蠱惑的で、品定めの為に彼の全身を嬲る様に動く光景は蛇を連想させた。
「色欲の悪魔、アスモちゃんだよ!!君が私の契約者で良いのかな?」
「……あぁ。これが証拠だ」
そう言って『アスモちゃん』と名乗った自分よりも小さな子供みたいな悪魔に、先程斬られた手のひらを向けるガリウス。
そこには複雑に絡み合う蛇の様な紋章が浮かび上がっており、アスモは満足そうに舌をチロリと動かす。
「うんうん。悪魔の紋章は確かにアスモちゃんのものだね!!あはっ!!びっくりだよ〜てっきり、脂ぎったハゲの雑魚おじさんが呼んだのかと思ったら君みたいなオマセなお子ちゃまだったなんて」
「俺も驚いたぞ。まさか色欲を司る悪魔がこんなメスガキとは」
「むっ。その『めすがき』って意味は分からないけど、馬鹿にされてるのはアスモちゃん分かったぞ!!」
フシャーっと蛇みたいに威嚇するアスモをガリウスは無表情で見下ろすと、じっくりと彼女の全身を見てから一言呟いた。
「……まぁ、エロいから良いか」
脳みそが下半身に直結してるのかと問いたくなるセリフだが、残念な事にこの場には当然と言わんばかりに絶壁の胸を張る色欲の悪魔と目の前の光景に理解が追いつかないとフリーズするアルフレートしかおらず、ツッコミはなかった。
「で、アレどうするわけ?」
興味なさそうにアルフレートを指差すアスモによって、彼のフリーズは解除され当然の様に烈火の如く怒り出した。
「ガリウス!!悪魔との契約は人生で一度だけ!!それが分かっての所業か!!!」
「騒ぐな親父殿。別に良いだろう?ミヒャエルの血筋は残るのだから」
「良い訳あるか!!約束されぬ繁栄がどれだけ恐ろしい事か貴様には」
「俺は騒ぐなと言ったぞ。親父殿」
「ガッ!?」
突如として現れた無数の触手が騒ぐアルフレートを拘束し、これ以上戯言を吐かせぬ様にと主であるガリウスの指示に従い、口へと触手を捩じ込ませる。
「わぁお♪あっさりとアスモちゃんの眷属を召喚したねぇ」
「ガッ!?ゴッ!?」
悪魔と契約した際に得られる恩恵は何も、欲望が叶うだけではない。
呼び出された悪魔が高位であればあるほど、その悪魔が従える強力な眷属を使役する事が出来るのだ。
「……良い機会だ。親父殿、これを機にあんたの全ては俺が戴こう。これ以上、騒がれても一々面倒だ」
「お?実の父親を殺しちゃうのかい??君、中々のワルだねぇ!」
「殺すのはアスモの眷属だがな」
身の危険を察知し、アルフレートが自身の契約する悪魔の力を行使しようとする刹那、無数の触手が彼を刺し貫きそのままオオスズメバチが獲物を持ち帰る時の様に回収し彼等の住処へと消えていってしまうのだった。
「あはっ♪あははは!!!!見たかい?あの絶望しきった顔!!ゾクゾクしちゃった!!」
「同性の顔を見てもな。それよりアスモ、契約の最後の確認だ」
「おっと、そうだったね。色欲のアスモちゃんに契約者ガリウスは具体的に何を望むのかな?」
先程の惨劇などまるでなかった様にガリウスは、大きく息を吸い込むと一語一句、彼女が聞き逃さない様に宣言する。
「無論、俺好みの女を集めて俺だけのハーレムを作り上げる事だ!!」
やっぱり彼の脳みそは下半身にあるのかもしれない。
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