02-3.政略結婚の相手は獣人皇帝でした
……ヴァージニア。
美しい白髪の少女を思う。
奇行が目立つのは育った環境によるものだろう。素早く調べ上げた烏部隊の報告書がその奇行の正体を物語っていた。
「それは獣人の価値観でしょう。人間は自分と違う者を崇めるのではなく、排除しようという傾向があります。報告書をごらんください。王女様の味方は乳母しかいなかったようです」
側近、ロイは冷たい目をしていた。
共有している報告書には残忍な人間の行動が書かれている。それに対し、ロイは怒りを抱いた。
「あれほどに大人に怯えているのは、酷い目にあった証拠です」
ロイは言い切った。
メイナードの隣で見守っていたヴァージニアには、怯えている子猫のようだった。蹴り飛ばされてもしかたがないのだと諦めている姿は、痛々しい。
「大人が怖いのか?」
メイナードは驚いたように声をあげた。
大人というよりも人間を恐れているようにも見えた。
「怖がっていたでしょう」
「しかし、俺から目をそらさなかった」
メイナードは人狼族の中でも、より力を持っているとされる黒髪だ。血のような赤い目はさらに凶悪に見えるらしく、国民ですら、憧れながら、その見た目に怯えている。
「俺を怖がらなかった」
メイナードはヴァージニアを見つめるつもりはなかった。覚えられると思っていたからだ。しかし、美しい見た目のヴァージニアに視線を逸らせなかった。
ヴァージニアは常に怯えてはいたが、メイナードが怖かったわけではないだろう。蹴り飛ばされ、罵倒されることを恐れていたのだ。
「ええ、本当に。陛下の情けない姿を知る我々以外にも、陛下を怖がらない人間が現れるとは思いませんでした」
ロイは容赦なく言葉を口にする。
「……情けない姿とは言ってくれるな」
「事実でしょう」
ロイは断言した。
それから、ため息を零す。
「リロ卿が羨ましいです」
それは誰もが思うことだろう。
当初、ロジャー王国の王女を迎え入れる際には護衛や侍女に名乗り上げたものはいなかった。その様子に見かねて手をあげたのはリロだった。結果として、誰もが羨ましがる居場所を手に入れたのである。
「かわいらしいヴァージニア様の護衛に選ばれたかったものです」
「ヴァージニアはリロを気に入ったようだな」
「尻尾が羨ましかったようです。これなら、私もヴァージニア様に気に入っていただけますね」
ロイは犬族の出身だ。
人の姿に化けることに長けていたロイは犬族の出世頭である。本来、獣化して動く種族のため、簡単に尻尾を出して、メイナードに見せつける。
「俺の尾を一番気に入るだろう」
「情けない姿をお見せになるのですか? 陛下は獣化を嫌っておいでではないですか。あれほどに情けないと言っていたのは、なんだったのでしょうか?」
「ヴァージニアに好かれるためなら、良い姿だと思えてな」
メイナードは鼻で笑った。
メイナードは獣化を嫌っていた。獣人ならば四つ足ではなく、手足を使って動くべきだと考えており、それは人狼族の共通の考え方だった。
それをヴァージニアの為に覆してしまった。
* * *
ヴァージニアは悪夢から目を覚ました。
忌々しい子だと蹴り飛ばされる夢だ。
王国の誰もが忌々しいと思っていた。家族すらもいらない子として扱った。
乳母のローザだけは実の子のように愛してくれたが、それは亡くなった実子の代わりにしているだけだとヴァージニアは知っている。
意識を取り戻したヴァージニアがしなければいけないのは、取り乱したローザを宥めることだった。
「ヴァージニア様! ヴァージニア様! やはり、ここは危険です。逃げてしまいましょう!」
ローザはヴァージニアに泣きついた。
ヴァージニアに危害を加えられることをなによりも恐れており、ローザは本気で逃げようとしていた。
「大丈夫よ」
ヴァージニアはローザを抱きしめる。
「ほら。よく聞いて。私は生きているわ」
ヴァージニアはローザを慰める。
ローザとヴァージニアには互いに依存して生きてきた。
ローザは実子が亡くなった悲しみから抜けることができず、なにかと傷を負ってくるヴァージニアが実子のようになるのではないかと、心配でしかたがなかった。
「大丈夫よ、ローザ。私はローザより長生きをするわ」
ヴァージニアは悲しそうな顔をしながら、嘘をついた。ヴァージニアは生まれつきの病弱だ。今までも流行り病にかかり、命を落としかけたことが何度もある。
長生きはできないだろう。
獣人たちと比べれば人間は短命だ。その中でもヴァージニアには短い寿命しか持っていないかもしれない。
それをローザは知らない。
「……約束、してくださりますか?」
「当たり前でしょ? 私、これから幸せになるのだもの。そこにローザがいてくれなきゃ、幸せになれないわ」
「そこまで言ってくださるのは、ヴァージニア様だけですね」
ローザは涙を流した。
二十以上も離れたヴァージニアに慰められなければ、ローザは生きてはいけない。
「獣人族になにかをされたわけではないのですね?」
ローザは心配だった。
仕事の案内をしてくれた獣人は人間を良く思っていないのか、素っ気ない態度で次から次に城の場所を案内するだけだった。ヴァージニアの傍にいたいと伝えても返事はなく、ただ、仕事だから対応しているといるという雰囲気だった。
それは慣れたものだ。
ロジャー王国にいた時もそうだった。
「リロはよくしてくれているわ」
ヴァージニアはローザを抱きしめながら語る。
「陛下もお優しそうな方だったのよ」
ヴァージニアはローザをそっと離す。
期待をすることはずいぶんと昔に辞めてしまった。家族に対しての憧れもない。ローザが傍にいてくれたら、ヴァージニアはどんな迫害をされても耐え抜けると信じていた。
しかし、獣人帝国に来て考えが変わった。
丁寧な対応と美しい部屋まで与えられた。寝かされていたのは、案内された自室の扉からいけるという寝室だろう。落ち着くような色合いで統一された寝室のベッドは、かなり大きい。
「陛下は黒髪が美しいの。それにね、私と同じ赤い目をしているのよ」
「それは、それは。珍しいですね」
「そうでしょう。私と同じ目の色をしている方は、初めてだわ」
ヴァージニアは赤い目をしている。