01.十六歳の王女、政略結婚をする
ロジャー王国の王家は代々金髪碧眼の者が多い。似た色合いというだけでもロジャー王国では優遇されることが多く、見た目重視の政策をとってきたロジャー王国は破滅の危機を迎えようとしていた。
破滅の危機を乗り越える手段はただ一つである。
長年敵対してきた獣人帝国と同盟を結び、同名の証として王家の者を獣人帝国の皇帝に嫁がせるのだ。それ以外の方法はなかった。
「嫌ですわ!!」
ロジャー王国第三王女、セシリア・ロジャーは拒否の声をあげた。
長年敵対してきた相手の元に嫁ぐことに抵抗があり、なにより、セシリアは動物が大の苦手であった。そのような場所に嫁げるはずがない。
「セシリア。わかってくれ。お前以外に王女はいないのだ」
国王はため息を零した。
第一王女、第二王女ともに降嫁しており、すでに大公夫人や侯爵夫人になっている。妹の第四王女の婚約も幼少期から決まっており、いまさら、覆すわけにはいかなかった。
「でしたら、アレを使ってくださいませ!」
セシリアは声をあげた。
名前すらも口にしたくない存在がいた。
結婚をしたくないセシリアによって、強引に王の間の掃除係として連れて来られていた廃された側室の娘であり、セシリアの異母妹に当たる第五王女ヴァージニア・ロジャーだ。ヴァージニアは自分のことを言われているとも知らず、必死に雑巾がけをしている。時々、同僚に蹴り飛ばされているが、それでも泣き言を言わずに必死になって仕事をしていた。
その手はボロボロだった。洋服も好意的な侍女たちの同情によって持って来られた平民が着るような子ども用のワンピースを縫い合わせたものであり、とても、王女であるとは思えない。
「……アレをこの場に連れてきたのはそのせいか」
国王は忌々しいと言いたげな視線をヴァージニアに向けた。
ヴァージニアは白銀の髪に赤い目をもって生まれた。生まれつき体も丈夫ではなく、すぐに命を落とすだろうと睨んだ国王は放置していた。しかし、同情したヴァージニアの乳母が世話をしていたおかげで今年十六歳の誕生日を迎えたばかりだ。
「いいだろう。アレを嫁がせる」
国王は決断を下した。
その言葉にセシリアは心の底から安堵した。一度もヴァージニアのことを妹だと思ったことはなかったが、今回だけは感謝をしていた。
「おい。アレを王女らしく徹底的に磨け。中身は年齢でごまかせるだろう」
国王は側近に指示を出す。
「かしこまりました」
側近は国王の指示に返事をした。
誰もがヴァージニアの名前を知っていながらも、王族の前では名を呼ばない。国王がその名を嫌っていると知っているからだ。
* * *
「――お綺麗になられましたね、ヴァージニア様」
ヴァージニアを風呂に入れて磨き上げた乳母のローザは、にこりと笑った。
それに対し、ヴァージニアは申し訳なさそうな顔をしている。
「ヴァージニア様。このローザも着いてまいります。ですから、怖いことはなにもありませんよ」
ローザのその言葉を聞き、ヴァージニアはさらに申し訳なさそうな顔になる。そして、目から涙を流して、俯いた。
「……ごめんなさい、ローザ」
ヴァージニアは何度目かになる謝罪の言葉を口にした。
風呂に入れられる時も抵抗したのだ。風呂に入る為のお金をまだ稼げていないと必死になって暴れるヴァージニアに対し、ローザはもう必要ないのだと説得をした。その説得を受け入れられるような生活をヴァージニアはしてこなかった。
「謝らないでください、ヴァージニア様。ローザはヴァージニア様が幸せになれるなら、ローザにとってなによりも幸せにございますよ」
ローザはヴァージニアが生まれた時から傍にいた。
王宮を追い出された母に代わり、子を亡くしたばかりだったローザはヴァージニアを実の娘のように育てた。しかし、ローザの身分は低く、ヴァージニアも使用人の手伝いを率先するようになるほどに生活は苦しかった。
ヴァージニアは文句の一つも言わなかった。
時々、ヴァージニアを忌み子だと毛嫌いする貴族出身者から暴行を受けることもあったが、ヴァージニアは必死に謝りながら、生き延びてきた。その都度、けがの手当てをしていたのはローザだった。
ローザは獣人帝国にもついてくると言っているが、実際は祖国を追い出されたのだろう。ヴァージニアにもそれはわかっていた。
「綺麗になられましたね。可愛い服もきましょうね」
「……綺麗?」
「はい。とても綺麗です」
ローザに褒められ、風呂から引き揚げられたヴァージニアは嬉しそうに笑った。
ローザが嬉しいならばヴァージニアも嬉しかった。
「ローザ、洋服、これじゃないわ!」
そして、用意された服を見て恐怖で震えていた。
用意されたドレスはすべてセシリアのお古であった。大の苦手な獣人の元に嫁がなくてすんだセシリアの感謝の気持ちを込めたものだったのだろう。煌びやかな宝石がふんだんに使われたドレスを目にしたのは、初めてだった。
「セシリア王女様がくださったのですよ」
ローザはヴァージニアの体をタオルで拭きながら、答えた。
タオルも使い古されたものではなく、新しく準備されたものだった。ドレスは間に合わなかったのだろう。しかし、ヴァージニアがどれを着てもいいように三十着ほど用意されていた。それがヴァージニアには恐ろしくて仕方がなかった。
「触ったら汚れてしまうわ。ローザ、どうしよう」
「汚れてしまったら着替えましょう。ヴァージニア様は王女様なのですから、汚れる心配をする必要はありませんよ」
「でも、仕事ができないわ!」
ヴァージニアは困ってしまった。
仕事をしなければ生きていけない。ローザと二人で生きていく為にはお金が必要だ。
「仕事をする必要もないのですよ、ヴァージニア様。ヴァージニア様は獣人帝国の皇帝陛下の妻となられるのですから」
ローザはヴァージニアに話をしながら、ドレスを選んでいく。
触るのすらも怖がるヴァージニアには、どれも大きいドレスばかりだった。その中でももっとも煌びやかなものをローザは手に取り、慣れた手つきでヴァージニアに着せていく。
ドレスを着るとすぐにヴァージニアは馬車に乗せられた。同乗するのはローザだけだ。
虐げられてきた王女と共に敵対をし続けてきた獣人帝国に向かおうとする者は、変わり者のローザだけだった。