懲役五百憶年
前世では大量の殺人を行い、世界的にも有名な犯罪者だった。
なりたくてなったわけでは無く、それまでに色々な経験を経て、そうせざるを得ない状況だった。
もし生まれ変われるなら、殺人とは縁の無い平和な国に生まれ、笑顔が絶えない家族に囲まれたいと願っていた。
「アッシュ、こっちへおいで」
母が俺を呼んだ。頑張って立ち上がり、親の元へと歩く。たどり着くとフワッと体が浮き、笑顔の母親が俺の額に何度も口を付けた。
前世とは明らかに異なる平和な家庭。前世であれほどの悪行を働いたにも関わらず、こんな幸せな日々を送って良いのかと思ったが、きっと神の気まぐれなのだろう。
前世で徳を積むと来世は良い人生を歩めると聞いたことがあるが、それは良いことをするように促すための言葉だけなのかもしれない。
『次のニュースです。先ほど万来蔵元容疑者が逮捕されました』
父がテレビを見て驚いていた。そして同時に俺も驚いた。
俺はそのニュースに出ていた容疑者を知っている。なんせ、この容疑者の男は前世なのだから。
「お父さん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。その……知り合いの名前に似ていたんだ」
父が今までで一番険しい表情を浮かべていた。母は俺を抱いていたからそれほどニュースに興味がなかったのか、平然としていた。だが、俺の顔を見て少し心配もしていた。
「アッシュにはまだ早いわね。テレビを変えてくれる?」
「あ、ああ」
そしてチャンネルが切り替わった。
……先ほどの容疑者は俺の前世だ。逮捕されたということは、まだ死刑が執行されていない。つまり、容疑者は生きている?
☆
うろ覚えだが、前世の記憶があるというのは不思議なものだ。
たしか『アッシュ』という名前の少年だったが、幼くして交通事故で亡くなった。
うっすらと『アッシュ』以外の記憶もあった気がするが、それは夢か何かがごっちゃになっているのだろう。
「三浦、バスケしようぜ」
「ああ」
友人に誘われて、近所の公園でバスケットをすることになった。
そこにはいつものメンバーに加えて、新顔が一人いた。
「紹介するよ。最近転校してきた万来って言うんだ」
「よろしく」
万来……何かが頭の中で過ったが、何も思い出せない。
きっとデジャブというやつだろう。
それにしても今日は日差しが強い。
☆
前世の記憶があるなんて、おとぎ話だと思うだろう。三十歳を迎えても前世の記憶は鮮明に覚えている。
夢を覚えているのではと思うかもしれないが、この記憶は俺が幼少期から覚えているもので、夢なんかではない。
「ヘンリー、これを急いで客先に届けてくれる?」
「オッケー。天気も良いし、すぐに届けるよ」
資料を受け取り、取引先の場所を確認し、タクシーを呼ぶ。
「悪いが急いでゴードン社へ向かってくれ」
「オッケー。この辺は人が少ないから少し飛ばすぜ!」
☆
気が付くと鉄の檻に閉じ込められていた。
まるでランタンのような円柱の檻。
手足を見ようと舌を見たが、体が無かった。というより、全身が青い炎だった。
足音が聞こえた。声を出そうと思ったが、口は無い。
徐々に近づいてくる足音が、目の前で止まった。そこには巨大な人間が立っていた。
「おや、意識がある状態で来るとは想定外です。ごきげんよう」
水色髪の少女がニコっと笑った。しかし、こちらは何も声が出せない。
ここはどこか。そして君は誰なのか、一体何が起こったのか、色々聞きたいことはあった。
「その揺れは色々と知りたいそうですね。では教えます。ここは冥界で、現在冥界の管理者は百年ほど休暇に入りました」
休暇?
「魂の管理が圧迫し、管理しきれなくなりました。そこで、ここ最近で大犯罪を行った人には同じ時間内で転生してもらおうということになりました」
同じ時間?
「貴方は……いえ、貴女は無実の人間を百人殺しました。これは冥界の方も驚く案件です。で、ワタチが一つ提案しました。この犯罪者にここ百年くらいの魂を任せましょう。そうすれば休暇後の魂の管理は八十億ほど減りますと言ったところ、満場一致でした」
八十億……それは世界の総人口では!?
「簡易的な転生に加えて過去に魂を送るということで、若干記憶が残ったり蘇りますが、そこも含めて罰だと思って下さい。いえ、むしろ他の人間と比べたら幸せな方です。だって、同じ時間内ですが五千億年も体験することになるんですからね」
☆
ふと、昔見た夢のようなものを思い出した。自分よりもはるかに大きな体の人間に鉄格子越しに話しかける変な夢だ。
それに、最近は変な夢を見る。経験したことが無いはずのことなのに、なぜか懐かしさを感じた。
「あうー!」
「アッシュ、こっちへおいで」
後ろで妻と子供が遊んでいた。それを見て心から笑うことが今はできなかった。何かが引っかかる。
気晴らしにテレビを付けた。
『次のニュースです。先ほど万来蔵元容疑者が逮捕されました』
「なっ!?」
その名前は見覚えがある。おぼろげな記憶の中にその名前と、その者の人生を俺はもしかしたら一番知っている。
「お父さん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。その……知り合いの名前に似ていたんだ」
咄嗟に答えた。無理もない。ここでこの男が俺の前世だと答えても怪しまれるだけである。
「アッシュもパパのことが心配みたい。ねえ、ちょっと散歩でもしない?」
「そうだな」
妻にも心配させてしまった。大黒柱の俺がしっかりしなければ、この先この家を守ることはできない。
赤子のアッシュを抱きかかえて外に出た。外はとても良い天気で、この辺は人気が少ないからノビノビと子育てができる。
妻が自宅のカギを占めた瞬間、そこでピタリと止まった。
「待って……この光景……」
何か忘れものだろうか。とりあえず家の門に向かう。と、次の瞬間妻が大声で叫んだ。
「待って! そこからすぐに離れて!」
ふと、道路の方を見ると、前タイヤがパンクし暴走したタクシーが蛇行していた。そしてそのまま俺と息子のアッシュにぶつかり――。
了
生まれ変わるという言葉は、亡くなった後の時代を前提に話しますよね。しかし今回は同じ時代をグルグル回り、しかも同じ人生ではなく異なる人生です。
記憶をおぼろげにしているのは、過度な未来変動を無くしていると思っていただけたらと思います。ただ、この物語では関連した部分を抜粋していて、実際はすでに千回くらい転生してる感じでもあります。
また、最後のアッシュの母親も『来世』の人です。それが何百回先の来世なのかは不明ですし、アッシュから父親までも何千回か転生しています。そりゃ忘れます。
過去に行く物語も当然色々ありますよね。タイムリープとか戦国時代に行ったりとか、戦国大名になったとか。どちらかというとそういう物語に近いかもしれません。ただ、一つ言えるのは、同じ時間に生きている人は全員魂は同一人物であるということです。
ただし、どこかで誕生した命は別人になります。ここに来てようやく天国や地獄のお仕事が再開するわけです。唯一同じ魂を過去に送り続けている謎の少女だけが大変そうですが、それが終わればゆっくりと休めるでしょうね。
そんなわけで、ふと思いついた物語。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
では!