第六話「得意分野(上)」
「はぁ〜っ、疲れたぁ……」
喋らない少年の事やらその相談を授業が始まるギリギリまでして遅刻しないよう全速力で走ったり……とにかく色々あって今日は疲れた。故に今まで受けてきた授業はほんとに終わるまでが長く感じた。疲労とそれによる睡魔との戦いはもうしたくない。
でも、今日は不思議と授業中に寝ることは無かった。何故なら……
「――よし、3限目は念願の体育っ! 私の中では唯一楽しくてまともに受けられる授業!!」
そう、今週はこの日だけ体育があるからである。寝てしまってはそんな貴重の体育を寝起きの状態で受ける事になり、最高のコンディションで授業を受けられなくなるのだ。
「よ〜し、あおっちと一緒に体育館行こっ!」
先程とは比べ物にならないレベルの軽さで身体を弾ませながら、私――涼宮凪沙は隣のクラスの錦野蒼乃と一緒に移動するべく教室のドアを開けて一歩先へ踏み出した。
「あおっちー! 一緒に体育館行こっ!」
「……涼宮さん、馴れ馴れしく接してこないでと言いましたよね」
「いいじゃーん! 仲良くしようよー! 任務での連携にもこういう親密な関係って必要だと思わない!?」
「思いませんよ。連携は私の指示で貴方が動いてくれさえすればとれますから。ほんと、体育以外授業にすら参加出来ない馬鹿は扱いやすくて助かります」
「んなっ……!?」
……痛いところを突かれた。私はその言葉に反論できずに口ごもってしまう。いつの間にか過ぎ去ってしまう蒼乃ちゃんの背を見つめるだけで、何も言い返せなかった。すごく、すっごく悔しかった。
「ぐぬぬっ……これでも筆記はトップ10に入ってるんですけど! 今日の体育の時見てろよこなくそぉおおっ!!」
絶対見返してやる――そう強く誓う私だった。
◇
3限目 体育館――
このアルスタリア学院の体育館は大きさがアリーナレベルに大きい事で前々から有名だ。ここを真上から見たとすると、縦が約110メートル、横が約80メートルほどの大きさだ。それに加えて上には観客席もあるのだから、体育館と呼ぶ方が違和感を覚えるのではないかと思ってしまう。
そんな巨大アリーナ……じゃなくて、体育館に全生徒約320人程がぞろぞろと中へと足を踏み込む。全員が既に更衣室で制服からジャージに着替えており、何の競技をするのか気になってそわそわしている生徒が多く見える。
(待ちわびていた……私が唯一まともに受けられる授業だ!)
一方で私は別の意味でそわそわしていた。ようやく皆と同じように授業を受けられる時が来たのだ。楽しみで仕方がない。
「よしっ、授業始めるから適宜準備体操しとけー!!」
私だけ普段の授業ではとても想像出来ないくらいうきうきしてるからか、一部の生徒から変な目で見られていた。
そんな中、体育の先生であるハイラ先生が男口調な口ぶりで生徒全員に呼びかける。それぞれ散らばっては準備体操を始める。私もある程度距離をとってから身体を伸ばす。
「お、涼宮! 今日もやるか?」
「あ、はい! お願いします!」
背中を反らして伸ばしていたところをハイラ先生に声をかけられる。これから行うのは、私と先生だけの特別な『準備運動』である。
「ふっ……!」
「おっと!」
反らした上半身を起こした直後、ハイラ先生は容赦なく私の顎目掛けて右足を振り上げ、サマーソルトを仕掛ける。顎に直撃する寸前に私は左手で右足を掴み、蹴り上げと同時に身体が宙に飛ばされながら前に引っ張られる。
「おりゃあああ!!!」
その力を利用して、私は先生の右足を掴んだまま前に着地し、背負い投げのように先生の右足を正面に振り下ろす。その瞬間、それを見ていた生徒達が驚きを声にする。
「あいつ、先生を背負い投げしたぞ……バケモンかよ」
「蹴り上げられた足を掴みながら前に飛んでからの投げ技だもんな……常人じゃまず出来やしねぇな」
段々と視線がこちらに集まっていくのを感じる。それほどまでに、この2人の準備運動のレベルが桁違いなのだ。
「ぐっ……相変わらずバケモンかよっ!」
先生が手を使わずに跳ね起きると、即座に前に跳びながら右足で回転蹴りを私の左頬に仕掛ける。
「そんなバケモンについてこれる先生が言える台詞ですかっ!」
先生の右足を潜るようにしゃがんで避け、空いた身体に左足で回転蹴りを仕掛ける。
「やあああっ!!」
刹那、左足が先生の右脇腹に直撃しては右に大きく吹き飛んだ。左半身が壁に激しく衝突し、大きなヒビを発生させた。
「痛ってぇ……おい涼宮、お前少しは加減ってのをなぁ……」
「す、すみません先生! お詫びとして今日はあらゆる雑用全部やりますので――」
「詫びなんかいらねぇ……よっ!」
「ぐふぇっ――!!?」
謝りに行ったら突然先生が仕返しの右足回転蹴りをお尻に繰り出した。身体が前に吹っ飛び、今さっき先生が衝突した壁にぶつかる。
「いったぁ〜! お尻蹴るなんてありえないんですけどぉ!! 先生のへんたーいっ!!」
「加減を知らねぇお前へのお仕置きだ、涼宮」
「くぅぅっ……! デカケツな先生がリトルヒップの私に嫉妬してるようにしか見えないんですけどー!」
「涼宮てめぇ……どうやらお前は私にケツを蹴られたいマゾのようだなぁ」
「ごめんなさいごめんなさい! 撤回しますからぁー!!」
しかし、怒りは止まない。どうやら先生はデカケツなのを本気で気にしてるようだ。
「よぉーし! お前ら各自戦闘訓練していいぞ! 涼宮のスパンキングが終わるまでなぁ……」
「いいいいいやあああああああ!!!!」
それから、デカケツ……じゃなくて、ハイラ先生によるスパンキングが30分以上続いた。所々で笑い声が聞こえてくる。私が四つん這いで尻を突き出して痛がってる姿がそんなに面白いんだろうか。
「はぁ……ほんと、馬鹿な人。でも……涼宮さんの情けない姿は、見てて少し楽しいですね」
体育館の端で準備体操をしていた蒼乃が、情けない私を見てくすりと笑った。