『猫耳』の犯人
シア達が案内されたのは、裏庭の中でも奥まった一画。
石畳の通路の脇には、青や白のクレマチスの花が、静かに揺れていた。
そこにぽつんと置かれた、高さ3フィート(約1メートル)程の台座に肘をかけ、小さな石像と向き合う……茶色いスーツを着た長身の、がっしりした青年。
「あの方は?」
シアの問いかけに
「ジャッキーの紹介で、来てくれてた『専門家』だ」
王子が答え、
「ダニエル・バートン。土魔法持ちの考古学者の卵。特に東洋の遺跡や文化に詳しいの。
そして、わたしの婚約者よ!」
ジャッキーがウインクしながら、付け足した。
「えっ、『婚約者』……!?」
目を丸くしたシアに、にっと笑って。
「そう! だから――おかしな心配は、無用だからね?」
耳元でささやいてから飛ぶように、ダニエルに向かって駆け寄って行く。
「ダニー! 調査は進んでる!?」
「ジャッキー! 俺の女神! 今日もなんてキレイなんだ!」
嬉しそうに両手を広げて、ぎゅっと婚約者をハグしてから、ダニーが王子に向き合った。
「殿下。やはり『まじない』で、その耳を生やした犯人は――こちらの石像です!」
ピンッと立った大きな耳に、丸い瞳。
ちょんと揃えた前足に、長い尻尾をくるりと巻いた……高さ1フィート(約30㎝)程の、愛らしいネコの石像。
「これは、たしか以前、我が国の属国だった……?」
「はい、『アーグラ国』の物です」
殿下の問いかけに、考古学者の卵が頷いた。
何十年も前に贈り物として、遠く海を越え、このワイルデン王国までやって来て。
『宮殿の仕様に合わないから』と、人がほとんど訪れない裏庭に、ぽつんと据え置かれた。
誰も拝んだり願い事をしたり、話しかける者すらいない。
寂しい、寂しい、故郷に帰りたい……でも。
7年前はじめて、お友達が出来た。
手を繋いで遊びに来てくれた、男の子と女の子。
「ネコちゃん――可愛いわ!」
手を叩いて喜ぶ、ピンク色の髪の少女と、
「久しぶりに見たら、ずいぶん汚れてるな!」
真っ白なハンカチでごしごし、全身を拭いてくれて
「少しは、さっぱりしたかい?」
優しく笑った、銀髪の少年。
二人で作った青い花輪を、首にかけてくれて。
「また遊びにくるね」
「またな」
と手を振ってくれた。
なのに……
『それっきり、二人は来なかった。約束したのに』
ダニーが魔法で読み取った、石像に宿った『精霊』から、溢れた想い。
「その寂しさが募って『呪い』、いや『おまじない』の形で?――そっか、『同じ耳が生えたら、自分の事を思い出してくれるかも』って、考えたんだな?」
うんうんと、石像の頭を撫でながら、ダニーが深く頷く。
「ずいぶんと薄情な、『友達』だな?」
「ちょっと、待て!」
「待って!」
王子とシアが、同時に叫んだ。
「その友達って、まさか?」
「7年前って――そういえば、子供たちが王宮に招待されて、『仮装パーティー』があったわ!
わたしは猫耳と尻尾の付いたドレスで、白ネコの仮装をしたの!」
初めての『お城のパーティ』にふわふわ浮かれてたら、いつの間にか迷子になって。
「背の高い銀髪の男の子が『どうしたの?』って、優しく声をかけてくれて。
『あっちに、きみが好きそうな像があるよ』って……あの方は、ひょっとして?」
「わたしだよ、シア。
あの日生まれて初めて、『一目惚れ』したんだ。
砂糖菓子みたいなピンクの髪と、クレマチスの花みたいに真っ青な瞳のお姫様に」
クラレンス王子が金の目を細めて、愛おしそうに、公爵令嬢の瞳を見下ろした。
「殿下……」
どくんと高鳴る胸を押さえて、頬を真っ赤に染めたシアに
「はーい、続きはまた後でね。とりあえず、『おまじない』問題片付けよっか?」
「石像――だと味気ないな。『セッキ』って名前どう?」
ジャッキーとダニーが、にやりと笑いながら、声をかけた。
「セッキ、『また来る』って約束したのに、ごめんなさい!
子供には宮殿を訪れる機会が、あれから無くて!
先月『水曜会』が始まって、やっと再訪出来たの」
「本当にごめん! わたしもあの後すぐに、叔父上の養子になる事が決まって、辺境伯領に。
7年ぶりに、帰って来た所だったんだ」
王子も、古い友達に謝罪する。
「『そうだっだの』ってセッキが――あぁ、こういう大事な事は、直接伝えないとだな?」
セッキの頭に、そっと右手を乗せたダニエルが、呪文を唱えた。
「プエル・フェリークス……!」
『幸せな子供』の呪文が、石像を包み込み、ぽわんっと7色の光が弾けた。
空になった石の台座。
その足元に立っているのは……淡いピンクの長い髪、ふんわり白いドレスを着た7歳くらいの女の子。
「えっ、うごける! はなせる!?」
青い目を丸くして、くるりと回ってみせる愛らしい『精霊』の頭には、髪と同じ色の猫耳が生えていた。
全8話予定でしたが、9話に……明日完結します!
最後まで楽しんで頂けると嬉しいです。