好きなひとに「好き」って言われるキセキ
廊下の先にあるキッチンの扉まで走り、コンコンッ、そっとノックする。
「まぁっ、シア!? やっぱり来ちゃったのね!――ちょうど今、片付いたとこよ」
がちゃりと開いたドアの向こうには、シアの髪に一瞬目を見開いて、苦笑するジャッキー。
部屋の奥手には、うめき声を上げて床に転がる、3人組の犯人と。
その手足を縛る、ジャッキーの仲間らしい男性2人。
そして傍らに立つ、王子の姿が。
「皆さんご無事で、良かったですね!」
後を追って来たアンナの声に、ほっと頷いたとき、
「くそっ――罠にかけやがったな!」
手首に仕込んだナイフで、縄を切った犯人の一人が、取り押さえようとする手を振り切って、ドアの方に向かって来た。
「あぶないっ!」
叫んだシアを見て、動揺する犯人の顔。
すばやく振り返る、ジャッキー。
「プロイベーレ!」
『止まれ』と鋭い声で、呪文を唱えたとほぼ同時に、
ナイフを構えた犯人の手首に、びしりと、鉄の棒が振り下ろされた。
「痛っ……!」
顔をゆがませたまま固まる犯人を、フードの奥の瞳が、冷たく見据える。
「甘く見るな」
火かき棒を剣のように構えた、黒いマント姿の王子殿下。
『まるで、「魔女モネ」の騎士様みたい……!』
シアがドキドキ胸を高鳴らせていると、顔を上げた殿下と目が合って。
そのまま、無言で逸らされた。
「殿下……?」
首を傾げたシアに、目も合わさないまま。
眉をひそめて、低い声で。
「居間から出ないように、言ったはずだ」
クラレンス王子が、びしりと叱咤した。
事件の直後、『強盗事件発生!』と、屋敷のある一帯が大騒ぎになり。
待たせていたリドル家の御者が、心配して迎えに来て。
慌ただしく、シアとアンナは帰宅した。
『殿下が怒ったのは、当たり前。言いつけを守らなかった、わたしが悪いの』
なのにショックで、頭が真っ白になって。
目も合わせてくれない事に、カッとなって。
『負けず嫌い』が口を塞いで――素直に『ごめんなさい』が言えなかった。
追い討ちをかけるように、お母様からお小言と、『一週間の外出禁止』を言い渡されて。
翌日こっそりアンナが、様子を見に行ったジャッキーの家は、
「ノックしても誰も出なくて、『貸家』の張り紙が」
「えっ……じゃあ、もう会えないの? ジャッキーにも――殿下にも?」
しょんぼり落ちたシアの肩を、
「きっとまた、会えますよ!」
昨日のお返しのように、アンナが優しくさすった。
まるで不良品のパズルみたいに、あちこち隙間が空いた胸。
こぼれ落ちる『会いたい』と後悔を抱えて、ぼんやりとシアは『外出禁止』の日々を過ごしていた。
心配した執事や従僕たちが、
「キャンディです」「クッキーです」「子猫ですよ!」
と次々『お見舞い』を寄越しても、からっぽの心は凪いだまま。
子ネコの耳にそっと触れるとき、『みゃあ』と見上げて来る、金色の瞳を見下ろしたとき。
夜空に瞬く星を、見上げたときだけ……
心が動く。
会いたい。
クラレンス殿下に。
「お嬢様、やっぱり――殿下のことを?」
ためらうようにアンナに聞かれて、やっと気が付いた。
「そっか……これが、『好き』なんだ? これが『初恋』?」
でもエマやレイラが言ってたみたいに、キュンキュン楽しい気持ちにはなれない。
だって、
「殿下が好きな人は、わたしじゃない」
言う事を聞かずに、怒られた。
素直に謝れなくて、きっと嫌われた。
「殿下が好きなのは、たぶんジャッキー」
あんなに綺麗で優しくて、カッコいいご令嬢――初めて会った。
きっと誰もが、一目で好きになる。
いくら頑張っても出しゃばっても。
恋に、『負けず嫌い』は通用しない。
「好きなひとに『好き』って言われるって、そんな簡単じゃない。
まるで、キセキみたいな事なんだね……?」
子ネコの耳にそっと呟きながら、シアはため息を、いくつも飲み込んだ。
あの騒ぎから1週間が経ち、『外出禁止』が解けた水曜日の朝。
「アンナ――いたっ、お腹が痛いの! 『水曜会』、今日はお休みする」
ベッドの中からシアは、『仮病』を訴えた。
水曜会に行ったら、『恋のお相手』について、皆に話さなくちゃだし。
『クラレンス王子に失恋しました』なんて、絶対言えないし。
『ほーら、やっぱりウソでしたのね! お子ちゃまのシアちゃん?』って、ルシンダが勝ち誇るし……!
「ズル休みはいけません! ほらっ、『負けず嫌い』なアレクシア様は、どこに行ったんですか?」
「どっか遠いとこ。お月様の裏側とか……」
「あらあら――それじゃあ今すぐ、帰って来て頂かないと!」
にんまりと笑った侍女が、公爵令嬢がくるまっていた毛布を、えいっとばかりにはぎ取った。




