アクシデント発生
「もうっ! お客様が帰って、『わたしが一人になった時に』――が、『襲撃のセオリー』でしょ!?」
ムムッと眉根を寄せてから、ジャッキーが3人に向き直って、両手を合わせた。
「ごめんね、アクシデント発生! 巻き込んじゃって、ホントに申し訳ないわ!」
「『アクシデント』って――?」
思わず「ひゅっ」と、息を呑むアンナ。
「大丈夫よ、アンナ! わたし達には、レディ・『使い魔探偵』が付いてるんだから!」
伸ばしたシアの手が、強ばった侍女の肩を、優しくさすった。
「その通り! あなた方には、指1本触れさせないわ!
いい? レディ達は絶対に、この部屋から出ないこと!
外から隙間なく『防御魔法』を、かけておくから。 殿下、頼みましたよ?」
「任せろ――!」
にかっとシアとアンナに笑いかけ、王子に軽く頷いて。
ジャッキーは素早く、居間を後にした。
「何者かが、侵入したらしいわね。キッチンには裏口があった、アンナ?」
「ありました!」
「やっぱり。敵が一人ならいいけど!
あっ――そうだ、『レディ・ベラ』!」
『アンナお嬢様と侍女のシア』設定を、すっかり忘れた公爵令嬢がいきなり、がたんっ!と立ち上がった。
「シアお嬢様……行ってはダメです! 危険です!」
「だって、あの白ネコちゃん! ジャッキーが、カゴごとキッチンに連れてったわ!
もし、流れ弾にでも当たったら――!」
アンナの静止を振り切って、今にも飛び出して行きそうな姿に、
「シア」
ぱさりと羽織ったマントで、猫耳を隠したクラレンス王子が、低く呼びかける。
「はいっ?」
「わたしが行く」
暖炉の備品から抜き出した、鉄の火かき棒を右手に持ち、ぶんっと一度振ってから。
左手でシアの頭を、ぽんぽん。
「絶対に、この部屋から出ないように――わかった?」
優しく問われて、思わずこくりと頷くと。
「いい子だ」
黒いフードの奥の目を細めて、王子はすっと廊下に消えた。
『えっ……今のなに?
まるで王子様みたい……って、本物の王子様だから!』
ふわふわした気持ちで、ぼんやり殿下の背中を見送って。
優しく叩かれた頭に触れたシアが、
「あっ――ウィッグ! まだ、付けたままだった」
すっかり忘れていた、変装に気付く。
「少し乱れてますね? この隙にぱぱっと、直しちゃいましょう!
何かしてた方が、気が紛れますから!」
わざと明るい声を上げたアンナが、手持ちのバッグから、クシやブラシに手鏡等……携帯用のヘア用品一式を、しゃきーんと取り出した。
「編んでまとめた上に被せてたから、クセが付いちゃいましたね?」
黒いウィッグを取り外し。
シトラスハーブの香り付き、ヘアオイルを少し馴染ませて、ほどいたパールピンクの髪にブラシをかける。
「いい香り……」
屋敷の奥から微かに聞こえる、ドタバタと争う物音から、無理やり耳をふさいで。
ふぅっと息を付いたシアに、アンナがためらいながら声をかけた。
「クラレンス殿下は、大丈夫でしょうか?
その、侵入者と戦うなんて……」
ここ百年近く、他国とは小競り合い程度の争いしかなかった、平和なこの国。
戦いの経験なんて、軍人以外の貴族の令息――ましてや王子様に、あるとは思えない。
心配そうなアンナの声に、
「大丈夫。殿下は十分に戦えるわ!」
思わず、マントの背中を引き留めそうになった――右手の指をきゅっと握り込んで、きっぱりとシアは答えた。
「クラレンス殿下は7年ほど前、叔父上にあたるフォーサイス辺境伯の、ご養子になったのよ。
辺境伯ご自慢の屈強な軍隊に、参加して鍛錬されてると――以前、お父様が感心してたわ」
だから絶対に、大丈夫……!
「そういえば先程、火かき棒を持った感じも、手馴れてらっしゃいましたね?」
納得したように、アンナが答えたとき。
争う物音が消え、しんっと屋敷内が静まり返った。
「もうっ、大丈夫よねっ……!?」
「お嬢様、いけません! それにまだ、ウィッグが――!」
そわそわと我慢の限界だった公爵令嬢が、侍女の静止を振り切って。
淡いピンクの髪をなびかせながら、居間を飛び出して行った。