不機嫌な王子様
リドル家の御者に行先を告げ、馬車を待機してもらい。
女子三人は楽しく話しながら、王立公園を抜けて行った。
「それではジャッキーさんは、このネコ――いえ『使い魔』を探して、エバーランド王国からこの国に?」
アンナの問いかけに
「そうなの! 『使い魔探偵』こと迷子の使い魔探しが、わたしの仕事。
この先の商会が預かっていたこの子を、やっと見つけて保護出来きたのよ!」
ジャッキーが、笑顔で答える。
「『使い魔探偵』って、何だかかっこいいですね!」
わくわくとシアが告げると、
「ありがと! あなた方は、どうして公園に?」
ジャッキーが、質問を返した。
「えっと……ちょっと探し物が。でもいいんです!
『使い魔探偵、レディ・コリンズとお茶会』の方が、ずっと楽しそうですもの!」
本物の公爵令嬢アレクシアが、きっぱりと言い切った時。
公園の反対側の入口を抜けた先、静かな住宅街の一画にある、壁に蔦が這う、こぢんまりとした家にたどり着いた。
一瞬シアを、まじまじと見つめてから、
「それは光栄だわ! ちょっと待ってね、カギ、カギ……」
にかりと笑って、手提げを探るジャッキー。
そこに、
「探しましたよ、レディ・使い魔探偵」
街路樹の影から、鋭い声が届いた。
「誰っ――!?」
さっと声の方に向き合いながら、2人と1匹を背に庇い。
『レディ・使い魔探偵』ことジャッキーは、周囲に素早く視線を飛ばす。
人気の無い事を察知し、右手を耳元のピアスに当てたとき、
「おっと、『魔法』も『使い魔』もストップ。敵じゃありません」
少し少年ぽさを残した声と共に、木の影から現れたのは……黒いフード付きのマントで全身を覆った、長身の男性。
フードの下から銀色の前髪と冷たく整った顔、冬の夜空に瞬く星のような、金色の瞳がきらりと覗く。
「殿下……!」
ほっとしたような困ったような顔で、緊張を解くジャッキーの背後で。
「殿下って……?」
「銀の髪に金の瞳――あちらは、『第三王子、クラレンス様』だわ」
王宮の肖像画でしか会ったことのない、3歳年上の『王子様』。
シアは思わず見惚れながら、そっとアンナにささやいた。
「もぉっ! とりあえずみんな、早く中に入って……!」
たまたま通りの向こうから、大声で話しながらやって来た、職人風の二人連れ。
慌てたジャッキーに、シア達は王子様ごと。
玄関から居間に、ぎゅぎゅっと押し込められた。
「座って、座って! 今、お茶入れるわねっ!」
「あっ、わたしも手伝います!」
キッチンに向かうジャッキーに、当然のように、さっと駆け寄るアンナ。
「あらっ――それではお願いします、公爵令嬢?」
白ネコの入った籠を片手に、にかっと笑った『使い魔探偵』と一緒に。
そそくさと『アンナお嬢様』は、居間を出て行った。
後に残されたのは、王子殿下と『侍女のシア』。
『あわわ、どうしよ! 殿下とは初対面だけど、ばれたらまずいし――やっぱり、わたしもキッチンに!』
とシアが、二人の後を追うと決めたとき、
「令嬢が手伝っているのに――行かなくていいのか?」
不機嫌そうに眉を寄せた王子に、ぴしりと指摘され。
『負けず嫌い』が、むくりと顔を出した。
「あっ、アンナお嬢様は、お茶を入れるのがお得意なんです!
それはもう……東洋の『茶芸師』にも負けないくらい!
わたくしが手を出したら、かえって邪魔になりますからっ!」
「は……?」
きっぱりと言い切った侍女を、訝し気な目で見つめる王子殿下。
『目を逸らしたら負け!』のマイルールで、負けじと見つめ返すシアの青い瞳に、はっと何事か気付いた顔になり。
「なるほど……」
曲げた人差し指を当てた口を、ゆっくりと開く。
「『茶芸師』に負けないくらい? それは、すごい――どんな味か、楽しみだな!」
ふわりと口元をほころばせ、金の瞳を優しく細めて。
柔らかな月の光のような声で、王子はシアに告げた。
笑った……。
『えっ、今笑うとこ? いきなり優しそう――っていうか、可愛い?
いやいや、それは気のせいよ!
さっきまでまるで、氷みたいな目と声だったから、びっくりしただけ!』
脳内であわあわしているシアの前に、すっと大きな左手が差し出される。
反射的に右手を乗せると、
「どうぞ、座って?」
流れるような完璧な所作で、ソファまでエスコートされた。
「あっ、ありがとうございます。殿下もどうぞおかけください」
ふわりと座ったシアが、どぎまぎしながら声をかけると、
「うん……」
ちらりと見てから、王子は意を決したように、マントのフードに手をかける。
ふぁさりと外した、黒いフードの中から現れたのは、
「えっ――みみっ!?」
銀色の髪の間に、ぴんっと生えた、ふわふわの猫耳だった。
『茶芸師』とは、美しいお茶の入れ方の所作や、茶葉等に関する幅広い知識を身に着けた――中国茶のソムリエ、プロの事です。