恋の始まりは公園から?
「それで……シアお嬢様?」
「なぁに、アンナ?」
「『初恋の生まれる場所』っていったい、どこなんですか?」
リドル公爵家の紋章が扉に付いた、小型の馬車の中で。
公爵令嬢付きの侍女アンナが、内心の動揺を隠しながら、静かに尋ねる。
お嬢様の『負けず嫌い』から始まる『脳内暴走』に振り回されるのは、もう慣れっこ。
後は、
『公爵家の名を表に出さず、出来るだけ被害を最小限に、留めることですぞ!』
脳内で檄を飛ばすルパート執事に、アンナは深く頷いた。
「そうね――第一候補は『王立公園』!」
「公園……?」
「ほら『魔女モネ』の舞台で、風に飛ばされた姫君の帽子を、騎士様が魔法を使ってキャッチした――恋の始まりが『公園』だったの!」
「なるほど……でも今は午後の3時過ぎ、そろそろお茶の時間です。
貴族のご令息方が、乗馬や散歩に来られるのは、普通午前中ですよね?」
思いつきで暴走しがちなシアをたしなめるように、2歳年上のしっかり者の侍女が指摘する。
「さすがアンナ! 舞踏会で意気投合した2人が、翌朝『偶然』再会出来るように。
『王立公園に出かけるなら午前中』が、社交界暗黙のルールなのよ」
「でしたらなおさら、もう誰もいらっしゃらないのでは?」
「そっ、それは分からないわ! 『魔女モネ』の騎士様みたいな、ちょっとへそ曲がりでとびきりのイケメンが、たまたま散策している可能性だって――とりあえず、行くわよ!」
広い王立公園の入口で馬車を降り、レンガが敷かれた道沿いに、中央の大きな噴水に向かって歩き出した公爵令嬢と侍女。
シアは一目で正体が分かるピンクの髪を、黒髪を編み込んだウィッグで、すっぽり隠し。
水曜会から帰って着替えた、普段着のグレーのドレスに、とりあえず必須アイテムのシンプルな帽子を、ぎゅっと被っただけという、地味な出で立ち。
明るい栗色の髪をハーフアップに結った、濃い緑色のドレス姿のアンナの方が、ずっと人目を惹く。
「ふふっ――この変装だと、まるでアンナの方がお嬢様みたいね?」
楽しそうに笑うシアに、
「ちょ――ご冗談でも、やめてください!」
慌てて、たしなめるアンナ。
その時
「あーっ! 待って、待って! レディ・ベラ……!」
焦って叫ぶ女性の声を蹴散らすように、大きな白い毛玉が。
レンガの道の向こう側から、すっ飛んで来た。
「あっ、そこのレディ達! 危ないから避けてーっ!」
心配そうな声を、かけられた途端。
避けるとは逆に、ぱっとグレーのスカートを広げ、毛玉の正面にしゃがみ込んだシア。
「おいで、ネコちゃんっ……!」
ポケットから出した紙袋を、カサカサ振ってみせると
「にゃーんっ!」
まん丸な青い目を輝かせた、巨大な白ネコが、スカートの上に飛び乗って来た。
「いい子ね……? レディ・ベラ?」
優しく声を掛けながら、従僕から貰った『カリカリ』の残りを、てのひらに乗せて差し出す。
ざらりとした舌でカリカリを掬い、はぐはぐ夢中で食べ始めた瞬間、もふもふの身体をすばやく抱きしめた。
「確保――!」
「お見事です!」
『あの足跡、落ちるかしら?』
点々と付いた、シアのスカートの汚れを気にしながら、アンナはパチパチと拍手を送った。
「まさか、捕まえてくれるなんて……ほんっと助かったわ、ありがとう!」
白ネコを追いかけて来た女性が、顔周りに垂れた金髪をかき上げて、ほっとしたように笑った。
年の頃は20歳前後。
黒い幅広のパンツと揃いの、金の縁取りが付いたショートジャケット、スタンドカラーの白いシャツにモスグリーンの幅広ネクタイを身に着け。
高い位置でハーフアップに縛った、波打つ金髪。
その軍服にも似た装いが、きりっとした雰囲気に良く似合っている。
「お役に立てて、良かったです!」
「みゃおうっ……(おやつ、もっとちょうだい)!」
にこりと笑うシアから、抗議の声を上げるネコを受け取り、藤製のキャリーバックにぎゅっと押し込んだ女性が、ぱんぱんと両手を払いながら
「よかったら、お礼にお茶はいかが? 公園を抜けた先に、仮住まいがあるの。
他にご予定が無ければ、ぜひ!」
緑の瞳をにっこりと細めて、熱心に誘って来た。
「わぁっ、いいんですか!?」
青い瞳を輝かせたシアの、灰色のドレスの袖をちょっと引いて、
「ここに来た理由、お忘れですか? 今の出会い方も、完全にお嬢様が『騎士様』ポジです!」
当初の目的『初恋と出会う』を、すっかり忘れている公爵令嬢を、小声でいさめる侍女。
「騎士様ポジ……確かに! でも、お茶会は楽しそう――ですよね、『アンナお嬢様』!?」
悪戯を企む目をした公爵令嬢が、にんまりと呼びかけた。
「は?」
「あらっ、どちらのご令嬢かしら?」
きょとんとする侍女と、楽し気に首を傾げた女性。
「こちらは、リドル公爵家令嬢のアンナ様……!」
右手で『侍女』を指しながら、にっこりとシアが告げる。
ぽかんと、口を開けたアンナの横で、
「そしてわたしは、お嬢様付きの侍女、シアと申します」
本物の公爵令嬢は、しれっと挨拶をした。
「まぁっ、公爵令嬢でいらっしゃいますか!
失礼しました。
わたしはエバーランド王国から参りました、ジャクリーヌ・コリンズと申します」
幅広のパンツを摘み、カーテシーの真似事をした女性が。
「ジャッキーと、お呼びください」
右耳の羽根型のピアスを揺らして、にこりと笑った。
ジャッキーは、「迷子の『使い魔』探してます」の一番人気キャラです。
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