09 別れ
今日は、早歩きで屋敷に帰る。
かなり疲れていたが、喜びが大きいと多少の疲れは、脳内物質ドーパミンが忘れさせてくれるのだろうか?
いつもなら、とぼとぼ帰る道のりも、足取りが軽すぎてスキップで帰れそうだ。
「たっだいまぁ~」
レティシアが屋敷に着くなり、出迎えてくれたアンソニー君に、歌うように言う。
『あはは、おかえり』
「あのね、今日ね!! 見つかったの!!」
『知っているよ。だってみんなが水を見つけた時、僕もいたんだ』
え? そんな遠くまで外出が出来たの?
『良かったね。レティシアの頑張りの賜物だよ』
「本当に見つかって良かった。村人が全員参加してくれて嬉しかったんだけど、もし見つからなかったらどうしようって、毎日胃が痛かったもん」
『僕はきっとレティシアなら見つけられるって信じてたよ』
アンソニーもどこか、ホッとした表情だ。
「これも、アンソニー君が手掛かりを教えてくれたからだよ。本当に、」
『僕は勝手に川に落っこちて、それで父上を心配させて、水路を地下に流すことになって長い間、領民を苦しめてしまった・・・』
アンソニーは辛そうに顔を顰めた。
「アンソニー君は、自分のせいでお父上が悪く言われたり、領民が苦しんでいたのをずーっと見てたんだ・・。そして、何も出来ずに幼くして亡くなった事をずっと苦にしてたんだね。でも、アンソニー君は何も悪くないよ」
泣くまいとしているのか、アンソニーのほっぺが膨らみ、懸命に涙を堪えている。
『そんな事ない、だって87歳で死ぬまでに、沢山時間はあったのに、何もしなかったんだもん』
「・・・・・???」
―――あれ? 今なんと仰いました?
レティシアは瞬きが止まらない。
パチクリ、パチクリ・・・。
「・・・私の耳がおかしくなったのかな?アンソニー君が87歳までお長生きをなさったと聞こえたのですが?」
『そうだよ。享年87歳だよ、テヘッ』
「テヘペロじゃねえ!! 87歳の癖に『僕は○○だよ~』って、言ってんのよ!! なんで5歳児の見た目なの?」
沸々と湧き起こる怒りに、レティシアの両手は拳を作っている。
『だって、僕が一番良かった時代って5歳の頃だったんだもん。そしたら見た目がこんなで、ずっとこの屋敷にいたんだぁ』
アンソニーの実年齢を知った今、幽霊を物理的に殴れもしないが、握った拳が出そうになる。
なんてあざといんだ。見た目にすっかり騙されてたわ。
「まあ、いいわ。だって、アンソニー君・・さんがいてくれて、助かったのは事実だもん」
アンソニー君呼びから『さん』付けに変えた。
『え? 本当に僕がいて役に立ったの?』
アンソニーが信じられないとばかりに、手で顔を覆う。
『僕はでき損ないで、いつもやることが裏目に出てさ、領地の経営に携わったらみんなを困らせてばかり・・・人に感謝される事なんてなかったから、子孫のレティシアに感謝されて嬉しいよ』
はにかむアンソニーが可愛かった。きっとこれまで、誰にも褒められず感謝されず、寂しかったのかも知れない。
「私はアンソニーさんにヒントをもらってやる気が出たし、そばに居てくれたお陰で寂しくなかったよ。応援してくれて、本当にありがとう」
ほわんとアンソニーが光る。
「え、どうしたの? アンソニーさん薄くなってるよ!!」
『えへへ、心から感謝されたいってずっと思ってた・・・。今それが叶ったらさよならみたいだ』
どんどん光が強くなって、アンソニーが透明になっていく。
「そんなぁ・・、突然すぎる!!」
行かないで欲しかったが、ここでひき止めてはアンソニーが成仏できない。
レティシアは消える間際、自分の寂しい気持ちを殺して叫ぶ。
「アンソニー、ありがとう。楽しかったよ!! さよなら。向こうでお父上に報告してね、それから、一緒にいてくれたお陰で、ちっとも寂しくなかったよ。それから・・それから・・」
アンソニーの姿はすっかり消えていたけど、伝えたい感謝の言葉が止まらなかった。
―――消えちゃた・・・・。
再び一人になったレティシア。
「おーい、アンソニー君」
小さく呼んでみたけれど、もう返事はない。
「そうだよね、成仏したら帰って来れないよね」
グスッ。
「あ、鼻水が出てきたよ。なんだよ。もっと今日の事一緒に喜びたかったな。すぐに帰っちゃうなんて・・・。ずっと5歳児だと思っていたのに、おじいちゃんだったなんて、騙しだよ。グスッ。言葉遣いもあざといよ・・・」
悪口を言っても、もう、出てきてはくれなかった。
しーんと静まる屋敷。
レティシアは明日に備えてお風呂に入り、布団にくるまる。
喜びから、切ない日に変わったが、疲れがすぐにレティシアを休ませてくれるのだった。
◇□ ◇□
朝、とぼとぼとオルネラ村に向かう。
いつも南部の街を通っていくのだが、最近は商店の大人達がにやけて見てくるのが気持ち悪い。
「北部のお水は見つかったのかい?」
金物屋の主人が笑っている。
「水があってもうまくいきっこないさ。まあ、子供のお遊びがいつまで続くか楽しみだね」
ああ、そういうことか・・。
レティシアの失敗を楽しみに待っているのだ。
「見てて下さい。オルネラ村は変わりますよ」
笑顔で答え、すぐ北に向かって歩きだす。
南部のルドウィン町の人々に小馬鹿にされたせいではないが、その日はより一層、レティシアは精力的に動いた。
朝から北部の水路の整備。
それに伴い起こりうる水争いを考える。
水利権の基礎と法的措置。
あと、水利組合を作った。
この領地の北部で、農業用水である水路を使う場合、この組合に入らなければならないとした。
ここは、これから豊かな農作地に変わる。村人だけでは手が足りなくなるだろう。
彼らだけなら、話し合いでうまく水を使ってくれるかも知れないが、そうもいかなくなる。
これから、新参者が土地の改良をして、好き勝手に水路を使われても困るのだ。
きっと他から土地を求めてやってくるだろう。しかし、古参の彼らに土地改良を率先してお願いしたい。
「皆さんにお願いがあります。水路が見つかったばかり。なので、この土地は未だ不毛の土地です。ですが水路で潤えばこの地は劇的に変わるでしょう。私は、出来るなら古くからこの土地を守ってきた皆さんに、新しく農地を開拓して欲しいと思っています。そして、新しい土地に関しては、2年間税金を免除します」
開拓して作物が出来たらすぐに税金を納めろって言う領主には、なりたくない。
それと、彼らが開拓を終わるまで、新しい開墾者の受け入れはしないと約束した。
勿論、期限付きだが・・。
この話にオルネラ村の人々は、「広大な農地を開拓してやるぜ」と、やる気満々である。
北部は少し展望が見え始めたが、問題は南部の商業地域だ。
閑古鳥さんも鳴くことない、ため息しか出ない商店が、立ち並んでいる。
しかも、どの商店の主人も目が死んでいるのだ。
『お客への接客態度を少し変えてみてはどうか?』と意見すれば、反論が100倍になって返ってくる始末。
『ど素人のお嬢様に何がわかるってんだ!!』、が彼らの口癖。
ほとほと、お手上げである。