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08 人が作ってくれる料理って本当に美味しい


今日はレティシアがまだ来ていないうちから、マイクや大勢の村人が、鍬を持って水路を探していた。


誰に頼まれたわけでもないのに、お日様が地面を照らす前から、皆は集まっていた。


「あんなに小さい子供が、領主の責任を感じて、毎日毎日地面を掘っているんだ。俺たちが見てるだけって、そんな人でなしにはなりたくねえよな」

一番逞しい身体をしている赤毛の男は、この北部の村をまとめているポドワン。


初めてレティシアの話を聞いた時には、貴族のお嬢様の夢物語だと思った。

そんな貴族のお嬢様のお遊びに付き合うつもりもなかった。


だが、レティシアは毎日毎日、泥だらけになって地面を掘り返し、荒れた大地から水を探している。


そのうち、マイクの畑も手伝いながら、嬉しそうに共同の水汲み場も来るようになった。


「ねえ、あんた。あのお嬢様、今日も泥だらけになって、とぼとぼと一人で帰って行ったよ」

最初に気にかけるようになったのは妻のマリーだ。


「きっと明日には飽きてもう来ないぜ」

そう言っていたが、お嬢様は諦めずに大地と格闘していた。

お嬢様の綺麗だった手は、豆がつぶれているのを見た。それに真っ白だった顔も日焼けして黒くなっている。


貴族のお嬢様は、土に触りもしないと聞いた事がある。

それに、庶民に直接話しかけることもしない。

レティシアの母、リマ・ルコントもその一人だ。

嫁いで来たばかりの頃、この辺りの視察に、場違いの着飾ったドレスで訪れ、村人が話し掛けると、眉をひそめて『シッシ』と扇子で追い払う仕草を見せた。


あの一件で村人と、領主とその妻の間に溝が出来たのは言うまでもない。

それに加え、領地経営の悪化でさらに嫌われたのだ。


ポドワンがもう一つ貴族と接触した事を思い出した。


そう言えば、昔、娘にせがまれて王都の祭りに出掛けた時、うっかり娘が貴族のお嬢様のドレスに触ってしまった事があったな。

あの時、貴族が『汚らわしい』と言って激怒していた。


キラキラ光るドレスがあまりにも綺麗で、つい触ってしまった娘。

あれから娘は、二度と王都には出掛けようとは言わなくなった。


あの時の貴族令嬢は子爵だった。


だが、今目の前で汚れたズボンを履いて泥だらけになっているのは、さらに高位の伯爵様だ。


「あのお嬢様は遊びなんかじゃねえ。本気で俺たちのために水を探してくれてるんだ」


そう思い、胸が熱くなった。

気が付いたら、村のみんなの家々のドアを叩いていた。

「あのお嬢様は、今までの領主とは何か違う。お嬢様と一緒に、水を探そう」と・・。


誘ったのはポドワンだったが、村の皆は、レティシアの行動を見てうずうずしていたのだ。

貴族のお嬢様らしからぬ振る舞いに、胸を打たれていたのだが、手を上げる勇気がなかった。

そこに、ポドワンのお誘いだ。

もう、村人全てが同じ気持ちだったと言っても過言ではない。


そういうことがあって、今日も朝から地面を掘っていた。



お昼になり、ポドワンの妻のマリーが、昼食を作ってもってきた。


「レティシアお嬢様」

そう呼ばれたレティシアは、シャベルを地面に突き刺したままで、手を止める。


「マリーさん、レティーでいいよ」

土埃がついた12歳のレティシアは、貴族には見えないが伯爵家を継いだ立派な貴族だ。


「畏れ多いです。レティシアお嬢様を呼び捨てに出来ません」

平伏せんばかりに頭を下げるマリーに、「じゃあ、せめてレティー様で」と提案した。


それで村人には「レティー様」呼びが広まった。


「では、レティー様・・・実は、今日、パンに野菜を挟んだ昼食を持ってきたのですが、もし良かったらお食べください」

マリーが差し出したパンには、肉はない。


だが、今レティシアが食べている食事は、これよりももっと質素なのだ。


ううう!!

人が作ってくれた食事を食べるのは、久しぶりすぎて涙が出そう、とレティシアは手が震える。


「食べてもいいの?」

喉から手が出そうだが、念のために確認する。


「どうぞ、お口に合えばいいのですが」

マリーのGOサインが出た。


躊躇なくパンを口に放り込む。

「うーー。マリーひゃん、おいひいでふ」

モグモグと食べるレティシア。しかもあまりの嬉しさに目に涙を滲ませて。


レティシアは食べるのに夢中で知らなかったのだが、庶民の食べ物を貴族のお嬢様が口にするのだろうかと村人が全員、興味津々で見守っていたのだ。


中には、マリーがレティシアの食事分も持ってきていると聞いた村人の一人が、「やめておけ、さすがにこんな粗末な食事を出しても、笑われるか捨てられるのがオチだぞ」と忠告した。

それには、かなりの人数が頷いていた。


だが、結果は・・・。

貴族のお嬢様は涙を流して、パンを頬張っているではないか。


「俺たちが間違っていた。レティシア様は本当に俺たちに寄り添ってくださるお嬢様だ」


胸熱で目頭を押さえている村人に、全く気がつかないレティシアは、美味しそうに食べきって「ご馳走さまでした」とお腹をさすっていたのだった。


「簡単な昼食だったけど、美味しかったですか?」

マリーがおずおずと聞く。


「とっても美味しかったわ。こんな美味しい食事は久しぶりよ。ありがとう」

満面の笑みで返事をすると、他の妻達も一斉にレティシアの笑顔にほわーと和んだ。


レティシアは一瞬にして、村人全員の心を鷲掴みにしたのだった。



「あー幸せだわ」

美味しい昼食を皆で食べる喜び。

いつも一人で味気のない食事をしていたが、今日はピクニックのようだ。


だが、今日はそれだけでは終わらなかった。




お昼から、また地面を掘っていると、マイクが何かを見つけてレティシアを呼ぶ。


「オーイ。ここを見てくれ」


いつも冷静なマイクが、身振りを大きく手を振っている。


これは!!

もしかして?

もしかする?!!


レティシアの心臓が大きく跳ねる。

既に、マイクの見つけた何かに、大勢の村人が集まってざわめいていた。


レティシアがマイクの指し示した物体を見ると、それは加工された木の一部だった。


「これは・・木樋(もくひ)?」

さらに、その近くの土は、今まで掘っていた土ではない。


そこには、川の砂が堆積していた。

「ここは、昔に川からの水を流してため池を作っていた場所ですわ」


レティシアの言葉で、『おおおお!!』と色めき立つ人々。


「きっと、この近くに大きな岩が・・・」

少し探すと、小さな岩が頭の先だけを見せている。


ポドワンがそこをガッガッと掘り進めると、今度はしっかりとした木で出来た水路に使ったであろう、樋が出てきた。


しかも一部分ではなく続いている。


「この木樋を辿れば、絶対に山からの水に辿り着きます!!」


年代は分からないが、木樋は水に強く、朽ちにくい木材が使われていたようだ。じっと見ると、高野槇に非常によく似た木で、壊れているところを少し補修すれば今も使えそうだ。


水路が見つかると、それを辿るのは容易い事だった。


男達は勢いを増して、木樋を辿り掘り起こしていく。


女性は、樋の上の蓋が壊れて、樋の中に入ってしまった土を取り除いて行く。多くの蓋はまだ現存しており、今なお木樋を守っている所も多い。




木樋を見つけてから2日後、川の流れの本流と、ため池に流れた支流の分岐点まで辿ってきた。


木樋を辿り、水の音を聞き付けたポドワンが一番にレティシアに知らせる。


そこは小さな林で、誰も立ち入らない場所だった。


こんな場所まで水路を作っていたということは、遥か昔はここも農地だったのではないだろうか。


そんなことを思いながら、ポドワンが呼んでいる場所に急ぐ。


レティシアと一緒に集まった村人がポドワンが掘った穴に耳を傾けると、確かに水の流れる音がするではないか!!


「おおおお!! 水が流れる音だ」


「やった!! 水だ!!」


川から直接流れていた川の本流も、今までは深い地面を流れてその存在を知らず、そのまま領地を通過し、海に流れていた。

これが見つかった事で、この本流の水も、畑に流すことが出来る。


もちろん支流にも・・。



ポドワンはみんなが見守るなか・・・。

とうとう、川の本流の水路を見つけた。

水路の蓋を開けると、そこにはザーーーッと勢いよく流れる水があった。


人々は暫くの間、声を出すことも忘れてその水の流れを見ていた。

あるものは、涙を流しながら。

あるものは、嗚咽を堪えて。


「やったな」マイクの一言で、ようやく人々は歓喜の声を上げる。


「やった!!」

「これで、水やりの重労働から解放される!!」


レティシアは、ふらふらと二三歩下がるとへたり込んでしまった。

「・・・本当にあった・・」

マイクが相槌を打つ。

「ああ、よくやりましたな」

「これで、みんな水に困らないよね?」

マイクが微笑む。

「もちろんです。お嬢様のお陰だ」

「沢山の作物が育てられる?」

マイクはレティシアの頭を撫でる。

「水があれば、いくらだって耕せる。沢山耕して、沢山育てて、お嬢様に一杯食わしてやる」


「私、みんなの作る野菜や小麦を楽しみにしてるわ」


村人が全員「おう、任しといてください」とドッと叫んだ。


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[良い点] 毎日楽しみにしてます!!!
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