07 大地を掘る、掘る。
今日も疲れて屋敷に帰る。
そして、いつものように馬に水と飼い桶に干し草を一杯入れて、とぼとぼと玄関に向かう。
倒れそうになりながら、玄関に入るとパッと灯りがついた。
『おかえり~』
アンソニーが出迎えてくれる。
その言葉に胸がじんわりと温かくなる。
「えへへ、ただいま」
あまりにも嬉しくて、照れてしまった。
『水の場所は見つかった?』
「うーん、今日はダメだった。でもね、いいことがあったんだ」
『何? 聞きたい!!』
「マイクさんが手伝ってくれて、明日も一緒に探してくれるって言ってくれたんだ」
『わー、良かったね。僕も嬉しいよ』
何気ない会話が出来る喜び。
「アンソニー君、居てくれてあり・・」
『さあ、泥だらけの手を洗っておいでよ』
アンソニーに言われたレティシアが、自分の手を広げて見る。
まさに砂で真っ黒だ。
洗面所に走るレティシアを、アンソニーが見送り、ホッと一息ついた。
レティシアが厨房で簡単なスープを作る横で、アンソニーが不思議そうに見ている。
『そうやって、スープって作るんだね。知らなかったぁ。レティシアは貴族の令嬢なのに、よく知っていたねー?』
感心してくれているところ、心苦しいが、前世ではコンビニの弁当三昧で、普通の女性にしては、料理のレパートリーは圧倒的に少ない。
「・・・まあね、ちょっと見たことがあって知ってるだけよ」
『包丁もあんなに上手に使えて、本当にすごいよ』
「じゃあ、今度は本格的に何か作ってみようかな?」
褒められて、ついその気になってしまうのが悪い癖だ。
玉ねぎとハムとニンジンを入れただけのスープに、パン。
今日の夕食は、昨日よりも少しちゃんとしてるっぽい。
レティシアがご飯を食べている間、アンソニーはそれを見ている。
『今日ね、ため池の事で思い出した事があるんだ』
「え? 教えて!!教えて!!」
パンを咥えながら、アンソニー君にズイッと近寄る。
『あのね、大きな岩が邪魔だったんだけど、それが取り除けなくてー、ため池への水路を迂回させたって父上が言ってたんだぁ』
なんと、それは重要なヒントではないですか!!
「それが本当なら、絶対に見つかるわ。明日、大きな岩を重点的に探してみるね」
今日は広い荒れ地を、場当たり的な第六感で掘りまくっていたけれど、明日は目印があるのだ。
目標物があると、俄然とやる気が出てきた。
「ふふふ、今からでも掘りに行きたいくらいだわ」
次の日。
やる気100倍のレティシアは、まだ、夜も明けきらないうちに目がぱっちり開いた。
アンソニーはまだ寝ていた。
幽霊に睡眠は必要なのか?
疑問が生じたが、今日もスルー。
ため池探しに行く前に、馬の水と食料を補充する。
そして、自分のご飯も補充し屋敷を出た。
北部の荒れ地に着いた時は、もうお日様が大地を斜めに照らし出していた。
「朝一って気持ちいいのよね。始発の電車が気持ちいいのと同じかしら?」
背伸びをして、気合いを入れる。
「よしっ」と始めのショベルを地面に突き刺した。
昨日、地面を掘っていた場所を見渡し、大きい岩を見つけると、その付近を掘っていく。
昨晩、アンソニーの助言を元に大きい岩を目星に掘り進めることにしたのだ。
「おお、今日は随分と早いな」
マイクも早く来て作業を始める。
「マイクさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
レティシアが微笑むと、「うむ」とマイクも微笑む。
「うふふ、やる気がでますわ」
この水路探索を助けてくれるのは
まだ一人。
だが、百人の助っ人を得た気分なのだ。
昨日得た情報をマイクに伝えた。
二人は大岩をポイントに掘る。
ザック、ザックと二人で再び黙々と作業をする。
昨日と同じ時間にお昼休憩だ。
全く手掛かりのない作業が続くと、二人とも無口になっていく。
まだ2日しか経っていないのだ。
気落ちするのは早すぎるぞと自分を叱咤するが、レティシアの疲れが思考をマイナスに引っ張ってしまう。
「よし、午後も頑張ろう」
声をかけたのはマイクの方だ。
大きく節くれた手を差し出すマイク。
その手をつかんで、立ち上がるレティシア。
今日はマイクの方が前向きで、ネガティブなレティシアを元気付けてくれる。
「そう言えば、マイクさんの畑仕事はどうしたの?」
朝早くから来てくれたということは、まだ畑仕事は終わらせないで来てくれたのかな?
それならば、申し訳なさ過ぎる。
レティシアがマイクを窺うように、見上げると「年寄りの朝は早い。気にするな」と笑う。
つまり、朝早くに畑仕事を済ませて来てくれたというのだ。
その後に、ここに駆け付けてくれたなんて・・・。
「ありがとう。でも、これ以上マイクさんにおんぶにだっこではダメなので、私、明日から、マイクさんの畑仕事を手伝いに行きます」
マイクは何かを言いかけたが、口を閉じた。
『そんなことは気にするな』と言った所で、レティシアが手伝いに来るのは目に見えている。
それがわかっていたので、すんなりと受け入れたマイクだった。
広い土地に、手掛かりになるのは、大きな岩。
そんなものは、この荒れ果てた土地にごろごろしている。
今日も烏が『カーカー』と寝床に帰って来る時間になった。
『じゃあ、また明日ね』
とマイクとレティシアはそれぞれの家に帰った。
次の日には、約束通りマイクの畑に直行し、畑仕事を一通り手伝ってから、ため池捜索だ。
こんな日が一週間続いたある日、
いつもの様に、マイクとレティシアが二人で大地を掘り返していると、先日レティシアを門前払いをしたオルネラ村の村人が、鍬やシャベルを持って、大勢現れた。
「あんたが、諦めずに未だに水路探しをしているって聞いてな・・」
大きな赤毛の男が、鍬を片手にもじもじしている。
「・・それって、手伝ってくれるの?」
レティシアが嬉しそうに、皆を見回すと、それぞれが照れ臭そうに頷いた。
「本当に水路がこの中に隠れているなら、俺たちにとっちゃありがたい話だしな」
ニカッと笑う皆の顔には、この前のレティシアを怪しむ表情は皆無だ。
「さあ、おっ始めようぜ」
一斉に散らばって、ザックザックと掘り返す。
レティシアの目の前に、何の保証もないのに、自分を信じて鍬を振るう人達があった。
レティシアは、このルコントに居てもいいよと言われたようで嬉しかった。
ルコント領の人々とやっと繋がりが出来たと感じたのだ。
よし、ここからだ。
レティシアは気合いを入れる。
あっという間に掘り返される大地。
これだけやっても、今日も見つからなかったが、人が増えた熱量は、レティシアに希望をもたらした。
以前の消えた希望はマッチ程度。現在はLEDくらい、に輝いている。
いつもの様に砂まみれになって、歩いていると、アンソニーが帰りの途中の道で出迎えてくれた。
『おかえり!! どうだった?』
期待を込めて尋ねるアンソニー君。
レティシアは全く別の意味で興奮していた。
アンソニー君ってば屋敷から出れるの? 地縛霊って建物からも出れるんだぁ!!
『ねえ、レティシア!聞いてる?』
「ああ、ごめん。聞いてるよ」
レティシアが謝り今日の成果はなかったと話した。
しゅんとするアンソニー君。
「でもね、今日はとっても良いことがあったんだ。畑仕事を終えた皆が手伝いに来てくれたのよ」
『そうなんだ!! じゃあ、早く見つかるかも知れないね』
暗くてアンソニー君の顔色は分からないけど、きっと興奮していたから、頬はピンク色に血色よくなっていたかも知れないな・・。
元気なら・・。